記事・インタビュー

2022.11.17

【Doctor’s Opinion】激動する世界と医療の課題

国立大学法人 東海国立大学機構 機構長

松尾 清一

現代は、かつてない規模とスピードで人類社会が変化する時代であるといわれている。DX(デジタルトランスフォーメーション)とグローバル化の進展により、短期間で個人が体感できるほど急激に世界は変わっている。同時に、このような急激な変化の中で人類社会の存続を脅かすような地球規模での深刻で解決困難な問題が拡大し、顕在化している。代表的な例は、地球温暖化およびエネルギー問題であり、経済格差の急拡大であり、感染症パンデミックであり、そして戦争と核の脅威を伴う新たな冷戦の始まりである。今世界はいろいろな意味で分断され、グローバル化の進展に伴って構築されてきた社会経済活動は見直しを迫られ、2020年の世界経済フォーラムでは今日全盛を誇っている株主中心の資本主義も再考されようとしている。

私たちの住んでいる日本は、このような地球規模での変化に大きな影響を受けることは言うまでもないが、それに加えて日本独自の深刻な問題も多く抱えている。第一に、少子高齢化と人口減少である。この問題の深刻さは単に日本社会と経済をこれまで支えてきた生産年齢人口が減るというだけでなく、中間層の多くが国際的に見れば確実に貧しくなっていることである。実質賃金も目減りしており、世代を跨いで格差が固定されつつある。第二に、バブル経済崩壊後の30年間、経済成長により日本再興を図ったはずであるが、むしろ後退している。その結果、あらゆる領域において公私共に未来への投資が十分にできず、希望ある未来社会をどう構築するのかもがいているのが今の日本の姿かと思われる。第三に、日本は過去の成功体験にとらわれ、さまざまな既得権益がはびこり、「これまでのやり方」を変えることができないでいる。その結果、日本社会の将来ビジョンを描けないか、描けているとしても多様なステークホルダーや国民の間で共有できていない。日本では盛んに科学技術のイノベーションが叫ばれているが、私は、激動する世界の中で社会の在り方や社会を動かすしくみそのもののイノベーションこそ、今の日本に最も必要なものであると感じている。全ての人が人間らしく幸せに暮らせるサステナブルでレジリエントな社会創造に向けた将来ビジョンが不可欠であり、時間をかけてでもそれを実現してゆく方略を、立場や利害を超えて構築し実行することが必要である。その際、「総合知による社会課題解決」が重要であり、あらゆる領域、あらゆるセクター、あらゆるステークホルダーがビジョンの実現のために連携し協力することが求められている。

以上のような俯瞰的な視点から、医療の課題について述べてみたい。第一に、日本の医療制度は、どこに住んでいても良質で均一な医療を保障している(はずであった)。これは日本が世界に誇るべきものであり、私が大学の学長を務めていたときに訪れた多くの国々、特に発展途上国からは羨望の目で見られていた。医療制度とインフラは公私を問わず社会の最も重要な公共財の一つであり、日本社会の将来ビジョンに合わせて未来に向けたサステナブルでレジリエントなシステムにして、次世代に残すための努力を惜しまないことが重要である、と私は思う。少子高齢化はわが国が先行しているとはいえ、やがて多くの国で日本が経験したよりも速いスピードで同じことが起こる。そのときに、日本の医療制度は世界に誇るものとして存在しているだろうか。第二に、医学・医療の世界は外部から見ると、とかく閉鎖的な印象を持たれてはいないだろうか。先に述べた「総合知による社会課題解決」に関して、例えば今回のようなCOVID-19パンデミックでは、単にウイルス感染症対策というだけにとどまらず、政治、経済、科学技術、倫理、法律など、およそあらゆる領域の叡智を集めた対策が必要であることを痛感した。したがって、医学・医療の研究や教育そのものにも、絶えず多様な人材を積極的に迎え入れて、総合知による社会課題解決や未来に向けた医療のビジョンづくりとその実現方策を共創する必要がある。

最後に、現在の日本は決して未来に明るい希望を持てる状況ではないが、だからといってそのようなポテンシャルが全くないかというとそうではない。楽観も悲観もせず、日本から人類の未来社会を切り開く気概をもって、よりよい社会や医療制度づくりに貢献できるよう、ささやかながら努力を続けたいと思っている。

松尾 清一 まつお・せいいち

 

1976年名古屋大学卒業。1 9 8 1 年ニューヨークマウントサイナイメディカルセンター、1982年ニューヨーク州立大学バファロー校留学。1984年中部労災病院を経て、1986年名古屋大学に。2002年名古屋大学大学院医学研究科教授、2004年医学部附属病院副病院長、2007年医学部附属病院病院長、2009 年副総長、2014 年学術研究・産学官連携推進本部長、2015年総長。2020年より東海国立大学機構機構長。2022年より理事長。ドクターの肖像2012年4月号に登場。

※ドクターズマガジン2022年10号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

松尾 清一

【Doctor’s Opinion】激動する世界と医療の課題

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