記事・インタビュー
東京都立駒込病院<br/ >副院長(消化器内科)
神澤 輝実
膵臓がんは、消化器がんの中で最も難治性のがんであり、切除が唯一の治癒への道です。しかし、以前から画像上膵臓に腫瘤を作り膵臓がんの診断で切除するも、病理検査でがんはなく慢性膵炎であった例が存在し、腫瘤形成性膵炎と呼ばれてきました。この切除された腫瘤形成性膵炎の病理組織学的検討から、多数のリンパ球と形質細胞の浸潤と線維化を特徴とする特殊な膵炎の存在が、lymphoplasmacyticsclerosing pancreatitis という名称で1991年に本邦から報告されました。その後、この疾患では血中γ グロブリンが上昇したり、ステロイドが有効だったことなどから自己免疫性膵炎という疾患概念が提唱されました。2001年には自己免疫性膵炎ではIgG のサブクラスのIgG4 の血中値が上昇することが明らかになりました。
一方、我々は、自己免疫性膵炎患者の切除や生検された膵臓や、しばしば合併する胆管の狭窄、唾液腺・涙腺の腫大や後腹膜腫瘤などの諸臓器の組織像を検討し、さらに抗IgG4 抗体による免疫染色を行いました。すると、自己免疫性膵炎患者では、組織学的に膵臓だけでなく、これらの膵外病変でもTリンパ球とIgG4 陽性形質細胞の密な浸潤(図)と線維化と閉塞性静脈炎が見られました。さらに、全身の諸臓器に多数のIgG4 陽性形質細胞浸潤を認めました。またステロイド治療により膵臓だけでなく膵外病変も著しく改善することより、我々はIgG4が関連する全身性疾患(IgG4 関連硬化性疾患)という新しい疾患概念を2003年に提唱し、自己免疫性膵炎はこの疾患の膵病変と考えました。その後、この概念は世界的に認知され、現在はIgG4 関連疾患と呼ばれています(IgG4¬related disease. Kamisawa T. etal. Lancet 2015;385:1460¬71)。従来原因不明であった種々の臓器の腫瘤・硬化性疾患の一部が、このIgG4 関連疾患であることが分かり、IgG4 関連疾患は21世紀の新しい疾患として注目されています。
自己免疫性膵炎は、高齢の男性に好発する、閉塞性黄疸で発症することが多い、しばしば糖尿病を合併する、膵臓に腫瘤を形成するなど、膵臓がんと多くの類似点を認めます。しかし、自己免疫性膵炎はステロイドが奏効しますので、不要な手術を避けるためにも、膵臓がんとの鑑別が重要となります。
自己免疫性膵炎と膵臓がんとの鑑別には、まず血中IgG4 値の測定が有用です。自己免疫性膵炎では、血中IgG4 値の上昇(135 ㎎ / dl以上)を80%前後の症例で認めます。しかし、血中IgG4 値の上昇は膵臓がん症例の4〜5%でもみられますので注意が必要です。造影CTで見られるびまん性膵腫大は、自己免疫性膵炎にかなり特異的所見です。膵腫大部は、膵独自の分葉状形態を消失し、造影後期相では膵臓がんよりかなり良好な造影効果を呈します。内視鏡的膵管造影におけるびまん性の不整膵管狭細像も、自己免疫性膵炎に特異的所見ですが、限局性の膵管狭細像は膵がんの膵管狭窄像との鑑別が必要となります。限局性の例では、主膵管狭細部からの分枝膵管の派生、多発する主膵管狭細像、狭細部の上流の主膵管の拡張が軽度であるなどの所見が自己免疫性膵炎を示唆します。また、他のIgG4 関連疾患の合併も自己免疫性膵炎を示唆する所見です。しかし、限局型の自己免疫性膵炎では、膵臓がんとの最終的な鑑別のため、超音波内視鏡下穿刺吸引細胞診(EUS¬FNA)が必要となる例が少なくありません。
ステロイドの良好な反応性は、自己免疫性膵炎の診断をより確実にします。しかし、誤って膵臓がんにステロイドを投与し適切な手術時期を逸する可能性もあり、安易なステロイド投与は慎むべきです。
高齢者の膵腫大や膵腫瘤例では、膵臓がんに加えて自己免疫性膵炎の可能性も念頭に置いてください。血中IgG4 値や各種画像診断による鑑別診断を行い、鑑別困難例ではEUS¬FNAなどによって膵臓がんを否定することが必要となります。両疾患の鑑別が困難である例は、専門の施設に紹介することも必要です。
かみさわ・てるみ
弘前大学卒業。日本大学医学部消化器肝臓内科、東京女子医科大学消化器内科、関西医科大学消化器肝臓内科、和歌山県立医科大学第二内科それぞれの非常勤講 師も務める。日本膵臓学会理事、日本胆道学会理事。英文論文290編。2013年「自己免疫性膵炎とIgG4関連疾患の診療・研究」で第17回東京スピリット賞を受賞。
※ドクターズマガジン2015年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
神澤 輝実
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