記事・インタビュー
徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部医療教育学分野教授
赤池 雅史
理想の研修医像とはどういうものでしょうか。我々はどんな研修医を育てたいのでしょうか。2004年度からの医師臨床研修の必修化に伴い、厚生労働省の開催指針にのっとって全国で指導医講習会が開催されるようになり、私も徳島で開催される講習会のタスクフォースとして毎回参加するようになりました。その講習会ではワークショップのテーマとして、「理想の研修医像〜どんな研修医を育てたいか〜」を取り上げ、参加者である指導医クラスの意見をKJ法でまとめています。「理想」は、裏を返せば、診療現場の視点で現状では研修医に欠けている能力を意味しているといえるでしょう。
医師臨床研修制度では、プライマリ・ケアの基本的診療能力(態度・技能・知識)の獲得をその目標に据えています。研修医は様々な領域の多くの症例や診療手技を経験することを希望します。だからこそ症例が多い都会での研修を希望する研修医が多いという説明もなされています。しかしながら、地方で第一線の診療を支えている指導医クラスがカードに記載する「理想の研修医像」では、驚いたことに、医療技術・手技に関するカードはむしろ少数で、多くは、「思考力・問題解決能力」、仕事への姿勢・態度、責任感、積極性、省察、学習意欲等の「プロフェッショナリズム」、あいさつ、言葉づかい、身だしなみ、ルールを守る、時間を守る等の「社会常識」、上級医・医療スタッフとのコミュニケーション、プレゼンテーション、ディスカッション、リーダーシップ、患者さんとのコミュニケーション等の「チーム医療・患者中心医療」、ストレス管理や健康管理等の「自己管理」のように、医療に特化したものではなく、もっと根本的な内容です。「医学はサイエンスに基づいたアートである」はW・ オスラー博士の有名な言葉ですが、研修医に身に付けてほしい能力、言い換えれば現在の研修医に足りない能力は、主にアートに関連したものであると、総合診療能力を特に必要とする地方の診療現場は痛感しているように思えます。中央教育審議会は「各専攻分野を通じて培う、学士課程共通の学習成果」として「学士力」を提言しており、そこには、コミュニケーションスキル、問題解決力を含めた「汎用的技能」、チームワーク、リーダーシップ、倫理観、市民としての社会的責任、生涯学習力を含めた「態度・志向性・自己管理力」を挙げています。診療現場の視点による「理想の研修医像」として挙げられた項目が、すでに在学中に習得しておくべき「学士力」に関連する項目と驚くほど一致していることは非常に皮肉な現象で、要するに卒前医学教育では卒業するまでにこれらの能力を医学生にきちんと教育できていないということになります。確かに、客観的根拠の有無は別としても、専門課程になってもこれらの能力が乏しい医学生が目立つとのご意見を、最近、あちこちからいただくことが多くなりました。米国医学教育を見習って専門教育にPBLチュートリアル教育や診療参加型臨床実習(クリニカルクラークシップ)を導入するだけでは到底追いつかず、入学直後の初年次教育からカリキュラムを見直す必要があるのではないかという思いが私自身も強くなっています。いや、もっと遡って、小中高校での脱ゆとり教育と呼ばれている新学習指導要領においても、知識・技能を活用し、自ら考え、判断し、表現する力の育成、学習に取り組む意欲の養育が謳われていますので、日本の教育全体に共通する課題として医学部入学前から取り組まないと手遅れなのかもしれません。
私自身の経験を振り返っても、医師臨床研修が制度化される以前は、思考力・問題解決能力、プロフェッショナリズム・社会常識、チーム医療・患者中心医療遂行能力、自己管理能力の獲得については、医師として自分自身の責任と力で患者さんに対峙し、その問題点を自ら解決してく過程で、自然かつ否応なしに現実から学んでいたのではないかと思います。スーパーローテーションを基本として臨床研修プログラムがきちんと整備されることによって診療技能・技術の習得は効果的・効率的になったように見えます。しかし、その基盤となるべき基礎的・汎用的能力の習得については、卒前教育を含めてどのようにプログラム化すればよいのでしょうか?すぐには名案は思いつきませんが、これらは医療技能・技術のように経験症例数の多さ、つまり「量的研修」で習得できるものではなく、一人一人の患者さんとじっくりと時間をかけて自分自身で対峙する「質的研修」の中でこそ育まれる能力ではないかと思います。
※ドクターズマガジン2013年1月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
赤池 雅史
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