記事・インタビュー
名古屋大学医学部附属病院
医療の質・安全管理部 教授
長尾 能雅
2016年8月、群馬大学病院腹腔鏡事故の調査委員会報告書が公開されました。調査委員会は、上田裕一委員長(奈良県総合医療センター総長)による人選により、6名の外部委員で構成され、私は副委員長として参加しました。委員会は1年間で35回を数え、延べ210時間以上に及びました。さらに、手術手技など、専門性の高い部分については日本外科学会に検証を依頼しました。
調査の過程で私たちは、本事象はどこの施設でも起こりうる、医療が長年抱えてきた課題を浮き彫りにした出来事であると認識しました。報告書ではそれを”クリニカル・ガバナンス(医療組織を、医療の質と安全で規律づけて、診療を統治する仕組み)の不備”と表現しました。
同委員会が指摘した事項の中から、今後の医療、特に外科診療において広く求められる課題を、以下10項目にまとめてみました。
● マイクロシステムに対する監視と支援:
病院の手術数増加には一定の意義があるが、許容量を越せば、患者への説明時間や診療録記載時間、症例検討の時間などが確保できなくなるといった悪循環を招く。特に少人数で構成される診療チーム(マイクロシステム)はその影響を受けやすいため、監視と支援が必要となる。
● 高難度手術を導入する際の技量評価と管理:
典型的なラーニングカーブの発生は指導体制や管理体制に不備がある可能性を示すものであり、許容されるものではない。導入時の十分なテクニカル、およびノンテクニカルスキルの評価と育成が必要となる。
● 手術適応判断の厳格化:
特に外来時点での症例検討会(紹介の場合は内科・外科合同症例検討など)を充実させる必要がある。カンファレンスシートなどを用いた、討議内容の質管理も求められる。
● 真に求められるインフォームド・コンセント(IC)の実践:
IC文書の定型化と承認システムの導入はもとより、特に外来におけるICの充実と、患者の熟慮期間の確保が求められる。
● 安全性が確認されていない医療行為を行う際の倫理的手続き:
保険適用外など、安全性が確認されていない医療行為を行う場合は、(ア)合目的医学的事由の確認、(イ)患者への説明と選択、(ウ)モニタリング体制の強化、(エ)診療録への記載といった厳密な倫理的手続きが求められる。
● 医療安全報告システムの見直し:
アクシデントレポートなど、従来の自主報告システムのみでは、主治医団が合併症と判断した事例に潜む課題を把握できない。医療者の主観に依存しない報告システムの併用が求められる。
● 診療録記載の充実と監視の強化:
診療録記載は、単なる記録行為ではなく、医療者自身の行動や判断を他の医療者に提示する行為であり、患者の診療の質を担保する重要な業務であることを再認識する必要がある。
● 死亡・合併症カンファレンスの定期開催:
JCOG術後合併症基準の活用、M&Mカンファレンスの充実、病理解剖・CPCの推進など、合併症・有害事象に対する真摯な検証と自律的モニタリングが求められる。
● 日常診療に標準と異なる医療が登場した場合の対応:
NCD登録データ・DPCデータの活用、ラーニングカーブの監視、質管理部門の設置など、他律的モニタリングと介入が求められる。
● 患者参加の促進:
患者との診療録、クリニカルパス、検査データなどの共有、症例検討会への患者参加など、患者自身によるモニタリングの機会を増やす。
課題の難易度は高いかもしれません。しかし、医療の発展と国民の安全を考えた場合、早晩これらの克服が求められるでしょう。報告書には「群大病院の経験によって、日本の医療が変容することを祈念してやまない」とあります。現在群大病院は、先頭を切って改革に着手していると聞きます。今まさに、わが国にクリニカル・ガバナンスが生まれようとしています。
ながお・よしまさ
1994年群馬大学卒業。2005年京都大学病院医療安全管理室室長、2010年同准教授を経て2011年より名古屋大学医療の質・安全管理部 教授、2012年より名古屋大学医学部附属病院 副病院長。医療の質・安全学会理事、日本医療安全調査機構総合調査委員会副委員長など、要職を務める。
※ドクターズマガジン2017年3月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
長尾 能雅
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