記事・インタビュー
ドイツはノルトライン=ウェストファーレン州にあるボン大学で循環器内科のフェローとして働いている杉浦 淳史です。
この記事では、日本生まれ日本育ちの循環器内科がドイツでの研究・臨床留学の中で経験するさまざまな困難・葛藤・喜びを、ありのままにお伝えします。
医師患者面接試験(Fachsprachprüfung)を受けて
ドイツに来て約1年、今日初めて医師患者面接試験(Fachsprachprüfung、以下FSP)を受けました。今、打ちひしがれた気持ちでこの原稿を書いています(泣)。いや〜、難しかった。結局、一番の問題は「会話力(SprechenとHören)」でした。
さっそく私が受けたFSPの実例をご紹介します。ただし、ドイツでは州ごとにFSPの内容が異なることを予め申し添えておきます。
私のいるNRW州のFSPは3つのパートから構成されています。
Ⅰ. 患者面接
Ⅱ. カルテ記載
Ⅲ. 同僚・上級医への上申
試験での症例
59歳女性、昨日の午後Bäckereiで買ったパン(ナントカBrötchenと言っていて、何度か質問したが結局その時点では分からず)を購入し、しばらく置いていたものを食べた後から急に嘔気・嘔吐・腹痛が出現。その後3回嘔吐。腹痛は腹部全般にあり、疝痛で放散痛はなし。今朝の5時から下痢が始まり、その後1時間おきにトイレへ。性状は最初水様で茶色、赤色に変化(本人は血の様と表現し、癌でないか心配と)。水分摂取は少し可能。随伴症状は発熱38.6℃、食欲低下。その他体重減少などなし。
既往歴:朝の咳が数年前からあるが、他特記すべきものなし
OPE:なし、ただし娘の出産時に分娩促進?のために入院した
Medikamente(薬):睡眠薬と頭痛薬を屯用
アレルギー:ペニシリン
嗜好:タバコは16歳から10本、アルコールは機会飲酒ワイン1杯、麻薬覚せい剤なし
家族歴:父は脳梗塞で死去(45歳)、母は乳がんで死去(65歳)
社会歴:聞く時間なし
患者からの訴え:
・強い嘔気で今にも吐きそう
・娘が覚せい剤中毒で、医師から処方された何たらかんたら(聞き取れず)
・母親がガンで亡くなり、自分もガンでないか心配
・何が診断として考えられるか
・今から何の検査をするのか
上級医(Kollegenと記載されている)からの質問および指摘
上級医:まず名前と生年月日、身長体重を述べなさい。患者紹介のあとに他に重要な情報は?
もっと主訴の部分で重要な情報があるでしょう、何を食べてたって言ってた?
杉浦:(食べたものの詳細説明をよくよく聞くと、どうやら豚肉のひき肉を使ったハンバーグが入ったBrötchenで、それを日の当たるところにしばらく置いておいたものらしい。)
上級医:熱は何度だったの?
杉浦:38.6℃です。
上級医:カルテに記載されてないよ。娘は?
杉浦:27歳で覚醒剤中毒です。
上級医:カルテに記載されてないよ。Nauseaの発音に対して、わからない、それは何?
杉浦:Übelkeitです。
上級医:途中で電話を受け取ったでしょ?何の電話だったの?
杉浦:はい、ただそれは他の患者に対する情報でした。
上級医:待って、どの患者で、何の情報だったの?
杉浦:Frau Fischer、Thrombozytenが15,500という連絡でした。ただ数値が低すぎるので、再検を指示しました。
上級医:なぜすぐに対応しなかったの?緊急事態でしょ?では何の検査を行いますか?
杉浦:Laborと
上級医:その前にすることは?
杉浦:Körperliche Untersuchung
上級医:そうだね、他には?
杉浦:Röntgen-Abdomens
上級医:それは最近もうやらないね、エコーだよね。検査値を渡されて、所見は?
杉浦:白血球高値とCRP高値です。
上級医:それぞれ数値は?
杉浦:12,500、60です。
上級医:単位は?
杉浦:/μl、mg/dlです。
上級医:じゃあ治療はどうする?
杉浦:点滴を開始して、抗生剤を使用します。
日本語で書くとすごく簡単。診断も簡単。その後のやりとりも当たり前で、なんてことはない。だけどドイツ語だとまだ厳しい・・・・・・
敗因
- 根本的に語学力不足(会話力)
- 患者さんが苦しそうにしているのを見て、ついついそれに関する発言をしたりしているうちに自分のペースを見失っていた。そして聞き取れない単語(医療用語以外)が多かった
- これらの理由からメモ記載が煩雑になり、カルテ記載の時に整理して書くことに苦労した
- その結果、記載していない所見があった(嘔吐の情報、熱の数値、娘の情報)
- 電話対応はどうすればいいのか、いまひとつ不明
- 数値の報告に慣れていなかった。単位も要求された
- 突っ込まれた時の切り返しをすることができなかった
病院での仕事を開始して1年
ドイツに留学して約1年。最初の3ヶ月は正直辛かったですが、2年目の今は当時に比べれば精神的に楽です。そして仕事もプライベートも少しずつ結果が出てきて、僅かながら給料がもらえている、ということが大きいのでしょうか。この後、現在の仕事内容と日々の生活について少し触れたいと思います。
最近では英語で話すことは滅多になくなり、ドイツ語のみで会話をしています。とはいえ、単語も文法もまだまだお粗末ですし、早口な会話には分かったふりをして満面の笑みを浮かべていることも多くあります。ただ、以前よりも相手が喋っていることが格段に分かるため、術中の会話から得られる情報量が増えてきました。
また、基本的に僧帽弁・三尖弁の治療には全て入り、“話しやすい同僚”に色々質問をして、大動脈弁の治療は興味ある症例だけ突っ込んでいき、他はさり気なく操作室のPCで仕事をする、という感じで立ち回っています。
研究面では、先日Mannheimで開催されたDGK (Deutsch Gesellschafts fuer Kardiologie)という循環器の学会に参加。ドイツ語での口頭発表にチャレンジし、質疑応答まで行いました。準備は大変でしたが、ボン大学の講堂で同僚や上司を前にプレゼンの練習をしたり、同僚や教授たちをつかまえては発音の練習を繰り返ししたので、この準備を通してみんなとの距離がグッと近づいた感じがありました。しかし研究者としてはまだまだ未熟。同僚とディスカッションして計画を立てたり解析方法を検討したり、紆余曲折しながらなんとか過ごしています。
<プロフィール>
杉浦 淳史(すぎうら・あつし)
ボン大学病院
循環器内科 指導上級医(Oberarzt)
論文が書けるインテリ系でもないのに「ビッグになるなら留学だ!」と、2018年4月からドイツのボン大学にリサーチフェローとして飛び込んだ、既婚3児の父。
杉浦 淳史
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