記事・インタビュー
はじめまして。加藤大祐と申します。私は卒後9年目の医師で、現在、三重大学大学院家庭医療学講座で大学院生として研究を行っています。また週に数回、地域の病院で外来診療もしております。私はプライマリ・ケアの臨床と研究にはいくつかの共通点があると感じており、今回は、「分野横断性」と「物語ること」という2つの観点から、私が日々何を考えながら臨床と研究に関わっているかをお話したいと思います。
なお、私は病院で総合診療科の医師として臨床を行っていますが、私たちの診療は家庭医療学という学問分野によって支えられています。本稿では、「総合診療科の診療」と「家庭医療学の研究」をまとめて、「プライマリ・ケアの臨床と研究」と呼ぶことにします。
分野横断性
まず、プライマリ・ケアの臨床と研究は、いずれも分野横断的であるという特徴があると思います。
プライマリ・ケアの外来には、子供からお年寄りまで、さまざまな方々が、いろいろな主訴とともに受診されます。その幅の広さ、つまり、複数の領域にまたがっていることは、プライマリ・ケアの臨床の大きな特徴です。一方、これは研究についてもいえることです。学問が分野横断的になり、interdisciplinaryを超えてtransdisciplinaryになりつつあると言われていますが、特にプライマリ・ケアの文脈ではその傾向は顕著だと思います。
さて、分野横断性と研究の関連について、私見を交え、もう少し詳しくお話したいと思います。学問は問いを立てることから始まり、問いを立てることは自己を相対化し、これまで「当たり前だ」と感じていたことを疑うことです。そして、この自己を相対化するという過程において、異なる領域に身を置いてみることは大変重要なことだと思います。新しい学問領域のいくつかは、時の流れとともに社会が抱える問題が変化し、これまでの枠組みではそれらの問題を解決できなくなった時に、人々や社会の要望に応える形で生まれますが、それは、これまでの概念やシステムを疑うところにその端緒があり、それは分野横断的な視点を持つことが大切だと考えています。
以上より、この「分野横断性」が、私が臨床と研究に感じている1つ目の共通点です。
物語ること
次に、プライマリ・ケアの臨床と研究は、いずれも「物語る」という特徴があります。私は、研究を一言でいうと、紙とペンで世界をよくするお手伝いをすることではないかと思っています。そしてそれは学術論文の執筆にとどまりません。記号論を専門とする学者であり、小説家でもあったウンベルト・エーコは「理論化できないものは、物語られなければならない」と述べています。私たちプライマリ・ケアに関わる医師は、患者さんお一人お一人の物語もとても大切にしています。この物語は、質的研究という形で理論化されることも重要ですが、同様に「物語る」ことも大切であり、学術論文と小説の両輪で捉えることで、より豊かな世界が生まれるのではないかと考えています。またエーコは、広義には、理論化することは物語ることの範疇にあるとも述べています。きっと私たちには医師患者の別を問わず、生得的に物語ることへの希求があるのでしょう。よいアイディアには世界を変える力があり、それは物語られることによって、他者と共有されなければならない。私はそう信じています。
以上より、この「物語ること」が、私が臨床と研究に感じている2つ目の共通点です。
研究という社会貢献
この原稿を執筆している最中に、2025年の万国博覧会が大阪で開かれることに決まったというニュースが飛び込んできました。大会のテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」で、サブテーマは「心身ともに健康な生き方」だそうです。前回1970年の大阪万博のテーマ「人類の進歩と調和」との対比からも明らかなように、機械の世紀であった20世紀から、人間の世紀である21世紀に移行し、テクノロジーと協働し、いかに健康に生きるかに、大きな関心が寄せられています。
現代社会を支える「科学技術」を意味する言葉が、英語では、science and technologyと2語からなり、これらはもともと異分野の言葉であることからも分かるように、科学もまた時代とともにそのありかたを変えてきました。近年のAI(人工知能)の発展は、自由意思と決定論をめぐる議論を私たちに提起し、改めて人間原理の意味が問い直されています。私は、臨床医として、研究者として、人類に、そして社会にどのように貢献できるのか。本稿を読んでくださった読者の皆さまに、いつか、よいご報告ができることを願いつつ、筆をおきたいと思います。
<プロフィール>
「若手の家庭医/総合診療医、どーしてる?なにしてる?」
加藤 大祐
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