記事・インタビュー
アルツクリニック東京 院長 / 公益財団法人 認知症予防財団 会長
新井 平伊
当事者の切実な思いをひしひしと感じる。大学勤務時代と違って毎日外来を受け持っていることもあるが、このことが日々のモチベーションになっている。人類が克服すべき病気の代表といわれるアルツハイマー病(Alzheimer’s disease:AD)であるが、Alois Alzheimerの報告(1906年)以来いくつものブレイクスルー的発展を遂げ、2023年末に一つの集大成として抗アミロイド免疫治療薬が上市された。基礎研究の成果が臨床研究に結びついた疾病の代表はADといわれるゆえんである。ADの根本的原因は未だ不明であるが、健常時にはアミロイドβ蛋白(Aβ)は代謝され脳外へ排出されるのに、なぜ重合して不溶性になり脳内蓄積に至るのか。現時点でAD病変の最初の段階はAβ代謝異常であり、その後20年以上かけて、タウ蛋白の異常リン酸化や微小炎症性反応から神経細胞変性が進む。
この免疫療法は誰もが信じられない発見から始まった。1998年Dale Schenk がADモデルマウスにAβを投与し、その老齢マウスでは本来脳内に蓄積すべきAβ量が抑えられていた。誰もが免疫グロブリンという大きなタンパク質が脳血管関門を通過するとは考えていなかった。どうやってAβと結合して脳外へ引き出すのか等々多くの議論が広がったものの、すぐさまグローバルな臨床試験も始まった。しかし、フランスで脳炎による死亡例が複数例発生し、即刻治験終了となった。それ以降は受動免疫的手法で、ヒト化した抗Aβモノクローナル抗体の開発競争になった。42個のアミノ酸からなるAβが少しずつ重合し最終的には塊を作って、Alzheimer が光学顕微鏡で発見した老人斑になる。そのいずれかの段階のAβに反応する無数の抗体の中から生き残った超エリートが、現在承認されているレカネマブとドナネマブである。確かに治療前後で比較すると、アミロイドPET所見で脳内Aβ蓄積量は激減している。
それまではアセチルコリン分解酵素阻害薬などの対症療法薬だけだったので、より根本的な治療薬の誕生はまさに画期的といえる。しかし一方で、臨床医としては確かにもっと認知症症状の遅延効果が長い、つまり効果がより強い薬剤が欲しいと思う。現状では、1年半の治療期間で7・5カ月位の進行予防効果、そのまま効果が継続し2~3年の進行遅延が想定できる。できれば病状が悪化せずそのまま維持できるような薬剤ができないものか、強く願うところである。
学術的にはいくつも疑問や主張が繰り広げられている。Aβを減らしたからといってその臨床効果は少ない、その効果は進行を遅らせる程度、なので費用対効果は小さい、薬剤が高額、健康保険制度を圧迫する、副作用のアミロイド関連画像異常(ARIA)は注意を要する、そもそも老化を背景にしたAD病理に治療介入の意味があるか等々である。もちろん、先駆的に承認した米国FDAや我が国のPMDAでは提出された基礎・臨床データを基に徹底的に議論されたが、いまだこの議論の火は消えそうにない。この辺りの結論は、厚生労働省主導で実施されている全例調査の結果を受けて、さらに論じるべきであると思う。
その一方で、これらの議論はやはり学術的、そして医療経済的観点からのものであり、いわば他人事で、当事者に十分寄り添った論点ではないようにも感じる。もちろん、大局的なさまざまな議論が必要だが、当事者の方々は一生の中の一大事、これ以上ない深刻さを持って日々を過ごしている。そのような中で、過去にない新薬が誕生したわけである。その効果はたとえいかなるものであろうとも、その新薬の可能性に懸けたいとの思いは私の心を強く打つ。なので」最適使用推進ガイドライン「(厚生労働省)に沿ってできるだけの努力はしているつもりである。ここで最後に問題提起をしておくと、この新薬は」投与するたび赤字になる「(ダイヤモンド・オンライン、2025年12月3日)という事実である。なぜかというと、薬価は高額であるが医療機関への販売価格は消費税込みで薬価と同額になるからである。驚いたことに、その薬剤メーカーのある地域の責任者からは」先生、社会貢献だと思って「と2年前に言われた言葉が今でも忘れられない。
新井 平伊 あらい・へいい
1984年順天堂大学大学院修了。東京都精神医学総合研究所主任研究員、順天堂大学大学院精神・行動科学教授を経て、1999年日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2018年東京丸の内に「アルツクリニック東京」を開設し、世界に先駆けてアミロイドPET 検査を含む「健脳ドック」を導入した。2021年6月号「ドクターの肖像」に登場。
※ドクターズマガジン2026年2月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
新井 平伊
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