記事・インタビュー
兵庫医科大学 脳神経外科 主任教授
吉村 紳一
従来、「脳血管の手術」といえば、脳卒中患者に対する「緊急開頭術」などを指すことが多かったと思います。しかし、この領域においても低侵襲化が進み、カテーテルを用いた治療(脳血管内治療)が急増しているのをご存じでしょうか?
例えば、くも膜下出血の原因である脳動脈瘤に対しては、開頭によるクリッピング術が標準的手技とされてきましたが、1990年代後半から外科的治療困難例(深部瘤、くも膜下出血重症例、高齢者など)に対して、血管内治療(動脈瘤コイル塞栓術)が行われるようになりました。しかし当初は治療適応が狭く、再発も多かったことから「外科的治療こそが根本治療であり、血管内治療は次善の策」とされていました。しかしその後、デバイスの改良などにより治療成績が徐々に向上し、外科的治療に匹敵するほどになりました。そして、2002年の破裂脳動脈瘤に対するランダム化比較試験(RCT)では、どちらの治療も可能な場合には血管内治療の方が予後良好であることが示されました。
当時、この結果は大きな驚きをもって伝えられました。事実、関連学会からは、わが国においては血管内治療医が少なく迅速な治療が困難であることや、血管内治療群は再発が多く、長期的には結果が逆転する可能性があることが「緊急声明」として発表されました。しかしその後、本試験の長期フォローアップの結果が報告され、発症後5年の時点でも血管内治療群の方が生存率が高いことが示されたのです。破裂脳動脈瘤においてはこのデータを基に脳血管内治療が急増し、欧米ではすでに脳動脈瘤の過半数に対してカテーテル治療が行われています。わが国においても脳動脈瘤の3割強にカテーテル治療が行われており、今後さらに増加する勢いです。
また最近、脳動脈瘤に対する新しい血管内治療法が開発されました。瘤内にコイルを詰めるのではなく、母血管に非常に目の細かいステントを留置すると、瘤内への血流が減って血栓化が促され、やがて瘤が縮小するという方法です(図1)。流れ(flow)を転換する(diverse)ことから、このステントはフローダイバーター(Flow diverter)と呼ばれています。現在、内頚動脈の未破裂大型・巨大脳動脈瘤のみに適応されていますが、近い将来、その適応が拡大することが予想されています。
血管内治療に関するもう一つのトピックは脳梗塞治療です。脳梗塞急性期にはt−PA(組織型プラスミノーゲンアクチベーター)静注療法が行われていますが、適応時間が短い(発症後4.5時間以内)ため、適応例が少なく、しかも脳主幹動脈閉塞症には有効性が低いことが明らかとなりました。その救済のため、カテーテルを用いた血栓回収療法が行われはじめました。特にステント型の血栓回収デバイス(図2)は血管再開通率が高く、2015年に報告された4つのRCTの結果でその有効性が確立し、米国のガイドラインでも強く推奨されています。しかしわが国においては脳梗塞による死亡数(約6万6000人、平成26年人口動態統計、厚生労働省)に対し、血栓回収療法はわずか(年間約6000〜7000件)しか施行されていません。このため私たちは日本脳神経血管内治療学会の助成を受け、わが国の重症脳梗塞患者を救うプロジェクト(RESCUE-Japan Project)を開始しました。今後、一人でも多くの重症脳梗塞患者が救われるよう取り組んでいきたいと思います。
よしむら・しんいち
1989年岐阜大学卒業。国立循環器センター脳神経外科、ハーバード大学マサチューセッツ総合病院、チューリッヒ大学脳神経外科に留学、2004年岐阜大学脳神経外科助教授を経て、2013年兵庫医科大学脳神経外科主任教授に就任。3000件以上の脳血管内治療と脳外科手術を手掛けている。
※ドクターズマガジン2017年8月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
吉村 紳一
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