記事・インタビュー
広島大学病院 総合診療医センター センター長 / 北広島町雄鹿原診療所 所長
東條 環樹
令和5年10月に広島大学病院総合診療医センターが始動した。厚生労働省の「総合的な診療能力を持つ医師養成拠点の形成事業」として全国で8番目に設置が認可され、そのセンター長を拝命した。
現在日本は急速に社会状況が変化しており、今後国全体に大きな影響を与えることが予測される。高齢化、疾病構造の変化、多疾患併存、生活の質(QOL)の低下などの医療的な問題のみならず、医療費の増大、家族形態の変化、人口分布の不均衡、地域におけるコミュニティー機能低下など社会的要因も日々変化している。この時代の医療者として現状を甘んじて受け入れるべきなのか?その最適解の一つが総合診療だと考えている。
約25年前、医師5年目で現在の勤務地である中国地方の山間部、へき地診療所に赴任した。卒業した大学の義務年限内による派遣で、大きな自信を胸に診療所業務を開始したが、早速挫折を味わった。それまで経験してきた病院医療は救急、入院医療が主体で多くの患者はある程度状態が良くなれば退院していったので、目標、ゴールの設定が明確であった。一方診療所医療では地域で暮らし、病んでそして老いていく住民が受診者として外来を訪れる。適切な医療とは?目標は?まずその視点、価値観を再構築する必要があった。日々悩みながらも良質な医療サービスを提供しようと努めてきたことで、徐々に地域の抱える課題が見え始めた。
地域でかかりつけ医療機関の役割を担う当診療所は入院病床がないため、外来通院が継続不能となった受診者はその時点で住み慣れたふるさとを離れざるを得なかった。このような経験を数多くし、人生の最終段階までを対象とした在宅医療に取り組み始めた。当初は介護保険をはじめとする公的サービスを十分に活用できるノウハウもなく、苦悩と試行錯誤の日々であった。しかし熱意を持って継続することで徐々にチームとしてのスキルが上がり、本人、家族の希望に添った穏やかな時間を提供できるようになってきた。在宅での看取りが増える一方で、必然的にレスパイトケアの重要性を認識するようになった。そこで協力を仰いだのが地域の介護保険サービス事業所である。当初施設での看取りの提案には戸惑いもあったようなので、高齢者の特性、専門職としての死の捉え方、家族への接し方などの勉強会を繰り返し行った。徐々に施設における看取りは増加し、死に対する真摯な姿勢が職員の中に醸成されていく。医療が実社会で質を担保しながら効率的に機能するためには多職種、特に行政、ケアマネジャーをはじめとする介護職との連携が必須と考えている。
一方で、在宅医療という取り組みの中で気付かされたのが「看取りの文化」の荒廃である。実際に住み慣れた場所での最期は送られる本人にも、送る家族にもポジティブな感情をもたらすことを多く経験してきた。そのため、一般住民の生死観の再興が必須であると考え、地元の学校での授業、住民を対象とした健康教室や敬老会での講演など、地道な啓発を続けてきた。現在は診療所で地域全死亡者の4~5割を看取るまでになり、住民の死に対する考え(=文化)が養成されてきたと感じている。
また、並行してこれらの取り組みと成果を県内外で医療・介護関係者、行政、住民などに伝える活動を積極的に続けてきた。上記の在宅ケア・施設での看取りだけでなく、特定健診、地区住民健診の推進といった予防医療に加え、地域のニーズに応える良質でバランスの取れたプライマリケアの提供といった、総合診療の具現化としての地域医療を多くの医学生、研修医に伝えてきた。へき地診療所医師としての職歴のみでアカデミアとは対極のキャリアを歩んできたが、令和5年に青天の霹靂の要請があり医育機関の職位を得た。
未来に向け、社会保障としての医療を持続可能とするためには質の担保はもちろん、費用対効果にも配慮する必要がある。本来、高度専門医療と総合診療は対立ではなく相補的な役割を担うものである。都市部にも必要とされる地域医療の概念は総合診療がハブとなることでより良好に機能すると信じているが、それに必要な総合診療医の数は足りていない。高い志と熱意を持った若い仲間とともに広島から総合診療の大きな波を起こすべく、これからも活動を続けていきたい。
東條 環樹 とうじょう・たまき
1997年自治医科大学卒業。県立広島病院での初期臨床研修、市立三次中央病院内科勤務の後、2001年、医師5年目から中山間地のへき地診療所に赴任し、現在に至る。2023年10月開設の広島大学病院総合診療医センターの初代センター長を兼任。
※ドクターズマガジン2025年8月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
東條 環樹
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