記事・インタビュー
島根大学医学部附属病院 総合診療医センター センター長 / 隠岐広域連合立 隠岐島前病院 院長
白石 吉彦
2022年、島根大学医学部附属病院総合診療医センターは、医療分野としては異例ともいえる「2022年度グッドデザイン賞<金賞>」を受賞しました。5715件の応募の中から1560件が受賞し、その中で特に優れた20件が「グッドデザイン金賞」として選出されました。当センターの金賞受賞は、地域医療、教育、そして人材育成の在り方に深く根差した、社会的価値の高い取り組みが評価された結果だと考えています。
さて、東西に約200kmと長く、隠岐諸島という離島も抱えている島根県は、日本の医療課題を先取りするかのような厳しい状況にあります。19ある市町村のうち約半数は人口1万人を下回っており、常勤医の確保が困難な地域も少なくありません。こうした地域で継続して医療を提供し続けるためには、公立病院あるいは公的病院が「最後の砦」として機能せざるを得ません。
そして、病院規模が小さくなるほど、特定の専門科医師による分業体制ではなく、総合診療医を中心とした柔軟な診療体制が求められます。複数の疾患を抱えた高齢者や、医療・福祉・生活の問題が複雑に絡むケースにおいては、総合診療医の視点と対応力こそが、地域医療の持続可能性を支える鍵となります。特に、過疎化と医師偏在が進む島根県では、地域の医療を維持・発展させるために、総合診療医の養成と支援は喫緊の課題でした。本センターは、こうした現場の課題に真正面から向き合い、患者の全体像を診る、家族を診る、地域を診るという総合診療医の養成を目的に設立されました。
本センターが評価されたのは、その課題への“デザイン的アプローチ”です。「デザイン」とは、単なる造形や空間設計にとどまらず、社会課題に対する構造的な解決策を示す行為と定義されます。つまり、医師不足・地域格差という“複雑な社会問題”に対して、教育・研修・配置・連携のプロセスを一貫して「見える化」し、大学と地域、病院と診療所、医療者と住民とを「つなぐしくみ」として具現化しました。まずは、教育を軸に、ICT(情報通信技術)を駆使して、VirtualOffice上で県内の総合診療医と大学をゆるやかにつなぐTeal型組織を構築しました。教育を目的に集った仲間たちが、臨床の現場でもつながり、地域を越えた支え合いのネットワークを築いた点も画期的です。このような“関係性のデザイン”が、物理的距離を超えて実践知を共有し、地域医療の厚みを増す土壌となっています。具体的には、島根県内の地域の医療機関で働く総合診療医が総力を挙げて、島根大学での医学部4年生の症候学の授業、全5年生の4週間の地域実習、初期研修の臨床教育、総合診療専攻医の指導、そして地域で働く総合診療医の支援などを行っています。
地域の総合診療医は「大学と地域をつなぐこと」、「地域の医者が地域で教えること」によってこそ養成されるという、シンプルで力強い理念が、このセンターの根幹をなしています。審査委員からは、「従来の医療・教育の在り方に風穴を開ける仕組みとして高く評価したい」「人のつながりや医療への信頼が失われつつある今、このような場の存在は未来のモデルになる」といった声が寄せられました。さらに特筆すべきは、このセンターが「地方大学の試み」であるという点です。地方大学として、島根大学は地域に根を下ろし、地域のニーズを起点に医療の未来を再設計しました。これは中央集権的な医療政策とは逆方向の、「ローカル発・全国モデル」への挑戦であり、同時に“地方にしかできないデザイン”の証明でもあります。
「医療におけるグッドデザイン」とは何か。それは、単に使いやすい医療機器や快適な病院空間を作ることだけではありません。それは、医療を支える仕組みそのもの――人材の育成、学びの場の設計、現場との橋渡し――をどう再構築し、社会に実装するかという問いへの、創造的な答えです。今回の受賞は、まさにそのような意味を持ち、全国の医療人、教育関係者、行政に対して深い示唆を与えるものです。社会に必要な医療を、必要な場所に、必要な形で届けるための“しくみ”を創る営みであり、それこそが今、最も求められるデザインなのです。
白石 吉彦 しらいし・よしひこ
1992年自治医科大学卒業。徳島県内の医療機関で研修後、1998年島前診療所に赴任。2001年隠岐島前病院院長を経て2021年島根大学医学部附属病院 総合診療医センターセンター長に就任し、現在に至る。地域医療現場での実践と大学での教育・研究を両立させ、持続可能な医療提供体制を構築している。ドクターの肖像2022年3月号に登場。
※ドクターズマガジン2025年9月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
白石 吉彦
このシリーズの記事一覧
-
記事
【Doctor’s Opinion】”精神科医という職業”
- Doctor’s Magazine
【Doctor’s Opinion】”精神科医という職業”
神庭 重信
-
記事
【Doctor’s Opinion】30代の医師が開業する意義
- Doctor’s Magazine
【Doctor’s Opinion】30代の医師が開業する意義
佐藤 理仁
-
記事
【Doctor’s Opinion】“ 新型コロナウイルス ”
- Doctor’s Magazine
【Doctor’s Opinion】“ 新型コロナウイルス ”
山崎 學
-
記事
【Doctor’s Opinion】“ 若者よ 、大志を抱け、外へ出ろ”
- Doctor’s Magazine
【Doctor’s Opinion】“ 若者よ 、大志を抱け、外へ出ろ”
黒川 清
関連する記事・インタビュー
-
記事
【Doctor’s Opinion】脳血管内治療の最新情報
- Doctor’s Magazine
【Doctor’s Opinion】脳血管内治療の最新情報
吉村 紳一
-
記事
【Doctor’s Opinion】救急専門医から見た災害医療
- Doctor’s Magazine
- 専攻医・専門医
【Doctor’s Opinion】救急専門医から見た災害医療
小倉 真治
-
記事
【Doctor’s Opinion】地域の実情に合わせた医療提供体制を目指して
- Doctor’s Magazine
【Doctor’s Opinion】地域の実情に合わせた医療提供体制を目指して
中西 敏夫
-
記事
【Doctor’s Opinion】医師と住民が語り合うことが地域病院を支える
- Doctor’s Magazine
【Doctor’s Opinion】医師と住民が語り合うことが地域病院を支える
佐藤 元美
関連カテゴリ
人気記事ランキング
-
著者が語る☆書籍紹介 『老年医学のトビラ』
- 新刊
- 研修医
- 医書マニア
著者が語る☆書籍紹介 『老年医学のトビラ』
山田 悠史
-
夜間在宅で切り拓く〈第三の医師像〉 ②30秒で医師が動く!オンコールDXの裏側
- イベント取材・広報
夜間在宅で切り拓く〈第三の医師像〉 ②30秒で医師が動く!オンコールDXの裏側
株式会社on call
-
【受講者大募集!】茨城県神栖市 産業医学基礎研修会(前期、後期・実地)
- イベント取材・広報
【受講者大募集!】茨城県神栖市 産業医学基礎研修会(前期、後期・実地)
-
書評『抗菌薬の考え方、使い方 ver.5 コロナの時代の差異』その抗菌薬、なぜ選びましたか?
- 新刊
- 研修医
- 医書マニア
書評『抗菌薬の考え方、使い方 ver.5 コロナの時代の差異』その抗菌薬、なぜ選びましたか?
三谷 雄己【踊る救急医】
-
会員限定
瞬速レクチャー~救急編~「窒息」
- 研修医
瞬速レクチャー~救急編~「窒息」
-
先輩に聞いた! ④初期研修を充実させるためのアドバイス
- 研修医
先輩に聞いた! ④初期研修を充実させるためのアドバイス
-
医療から介護まで。患者の一生を見守る、地域医療の担い手に
- ワークスタイル
- 就職・転職
- 専攻医・専門医
医療から介護まで。患者の一生を見守る、地域医療の担い手に
指宿浩然会病院
-
書評『熱中症の謎となぜ』熱中症についての学習のハードルをぐっと下げる一冊
- 新刊
- 研修医
- 医書マニア
書評『熱中症の謎となぜ』熱中症についての学習のハードルをぐっと下げる一冊
三谷 雄己【踊る救急医】
-
民事再生を乗り越え、再び地域の光に。地元に根差す “西淀川の名取さん”
- ワークスタイル
- 就職・転職
- 専攻医・専門医
民事再生を乗り越え、再び地域の光に。地元に根差す “西淀川の名取さん”
名取病院
-
”3ヶ月で外来数200人超”を実現した仕組みを、圧倒的高い視座を持って、現場で肌で学びませんか?
- ワークスタイル
- 就職・転職
- 専攻医・専門医
”3ヶ月で外来数200人超”を実現した仕組みを、圧倒的高い視座を持って、現場で肌で学びませんか?
いろは耳鼻咽喉科