記事・インタビュー
大阪大学名誉教授
仲野 徹
読売新聞社会部取材班(著)/新潮社発行
岩澤 倫彦(著)/文藝春秋発行
リディア・ケイン(著)、ネイト・ピーダーセン(著)、福井 久美子(翻訳)/文藝春秋発行
基本的に明るく楽しい本の紹介を心がけておりまするが、今回は暗いというか、何ともいえん気分になってしまいそうな本からいきまする。医療の「闇」といってもええような話です。『ルポ 海外「臓器売買」の闇』は、タイトル通りの内容だ。週刊誌ネタなどで見かけることはあっても、それこそ闇の中みたいで、実態を知る人は多くないだろう。なぜなら、臓器売買は法律違反であり、ブローカーはもちろん、それを利用した人の口も重くなるのは当然だからである。
この本は読売新聞社会部取材班によるものなので、2022年夏から報道され始めた一通りの新聞記事を読んで概略をご存じの方もおられるだろう。しかし、記事には書けないこともある。どういう経緯でこの調査報道の取材が行われていったのかというストーリーを知ると、その全体像が立体的に浮かび上がってくる。
NPO法人「難病患者支援の会」を通じて外国で腎臓移植を受けた中年女性患者の話から始まる。1850万円の移植費用を支払ったその女性は、ウクライナ人女性から生体腎の提供を受ける。ウズベキスタンの首都タシケントで手術が行われるはずであったが、理由も知らされずに、急遽キルギスの首都ビシケクの病院に変更された。なんと、そこは拒絶反応の治療ができない劣悪な医療環境だった。術後にウズベキスタン、それもなぜか病院ではなくてホテルに移送されるが、病状は悪化の一途をたどり帰国する。腎臓は重度の感染症をおこしており、救急搬送された病院で摘出術が行われ、何とか一命を取り留めた。
ひどい話である。当然、この行為は「非人道的な臓器売買の防止」を目指す国際移植学会のイスタンブール宣言や、日本の臓器移植法が定める「臓器売買等の禁止」に違反している。このケースでは、親族間移植を装うためにドナーのパスポートが偽造されていたというから、明らかに意図的かつ悪質な犯罪である。
このNPOが仲介したのは約170例。その渡航先のほとんどは中国で、ベラルーシが3例、ブルガリアが2例、キルギスとインドが各1例とされている。中国では心臓移植が3例あったというのは驚きだ。「ほとんどの人は元気になっている」とされているが、おそらくウソだろう。というのは、ベラルーシで肝移植を受けた患者が亡くなっているからだ。NPOの代表はベラルーシの件で有罪判決を受けることになる。終盤の読みどころは、その裁判と、現地のトルコ人コーディネーターへの直接取材だ。
このような例は法律違反であるし、人道上の問題も大きい。しかし、それ以前に、日本では臓器提供が少ないという問題が横たわっていることを忘れてはならない。
次に紹介する『がん「エセ医療」の罠』は、主にがんの免疫療法、といっても、師匠である本庶佑先生がノーベル賞を受賞された免疫チェックポイント療法のようなまともな治療法などではなく、エビデンスのない免疫療法について書かれた本だ。ここでも信じられないくらいひどい話が紹介されている。
手術をすれば5年生存率が97%といわれた乳がん患者は、手術をすべきではないという悪名高き「がん放置療法」の故・近藤誠医師からのセカンドオピニオンを信じ、免疫能を高めるための「デトックス」と温熱による治療法を選択した。ほとんど効果はなく、がんの全身への転移で死亡する。これなどは免疫を語る詐欺みたいなものだが、他にも怪しげな「自家ワクチン療法」や「免疫細胞療法」が紹介されている。いずれのケースも、効果のエビデンスがない、高額、そして、インタビューを受けるとのらりくらりとやりすごす、というのが共通している。
自己責任という言い方もできるかもしれないが、日本では医師の裁量権が大きすぎるのも、こんなエセ医療が行われる理由のひとつだ。倫理的な問題が極めて大きい。二冊とも読んでいて、何ともやるせない気分になってきた。しかし、というか、だからこそ、読んでおきたい。
三冊目はちょっとお口直しみたいな感じで『世にも危険な医療の世界史』を。「頭痛がしたらこめかみに“焼きごて”を押し当てて解決」、「大量に出血した患者にはブランデーを生で注射」、「ヤギの睾丸を体に移植してアンチエイジング」など、かつて本当に行われていた「治療」を紹介した本である。こういった黒歴史の上に現代医学が成り立っていると考えたらいささか感慨深いものがありますで。怖すぎるけど。
エセ療法に騙されないためには、医学リテラシーを身に付けるしかありませんけど、なかなか難しいんかもしれませんなぁ。
今月の押し売り本
今月の押し売り本
今月の押し売り本
仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2024年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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