記事・インタビュー
大阪大学名誉教授
仲野 徹
#07
医療は救われるか--医師の堕落 シェイマス・オウマハニー(著)/国書刊行会 発行
医師が死を語るとき-脳外科医マーシュの自省 ヘンリー・マーシュ(著)/みすず書房 発行
悪いがん治療:誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか ヴィナイヤク・プラサード(著)/晶文社 発行
まいど。今回はちょっとびっくりするような本から始めますわ。アイルランドの医師による「問題作」と言うてよろしいやろな。その内容を、とんでもないと思う人が多いかもしれまへんけど、仲野堂は大いに納得でおます。
『医療は救われるか』というタイトルが示すように、このままでは医療がダメになってしまうのではないか、という内容だ。サブタイトルは『医師の堕落』だけれど、個々の医師の問題というよりは、医療の急速な進歩にさまざまなシステムがついていけていないという側面の方が強い。
著者は「1977年から黄金期が終幕に向かう1983年まで医学を勉強した」というから、私とほぼ同じ世代である。医学の黄金期がいつであったかは、国によって違うだろう。個人的には、1981年に卒業してからこの40年間の医学の進歩を鑑みると、黄金期はもう少し遅くまで続いたのではないかと考えている。しかし、英国の医療制度から言うと、そう考えざるを得ないのかもしれない。
いずれにせよ、黄金期はすでに終わったと考えている点では同じである。おそらく、多くの医師はそう思いたくはないだろう。だが、まともに考えてみると、現実はかなり厳しい。この本、内容は極めて多岐にわたっている。関連する問題が複雑に山積みされているということだ。そのいくつかを、ごく一部だが紹介しよう。
「医学はまだ躍進する必要があるのか。研究はまだ価値があるのか」。先進国ではもう十分に長生きできるようになっているのではないか。どこまで夢を抱くこと、抱かせることが正しいのか。これは、長年、基礎研究をしながら自問していたことでもある。もちろん、医学の進歩がなくなれば、夢もなくなるだろう。しかし、どこまでお金をかけることができるのか。
「医学教育は教育と学問、批判能力の養成を犠牲にして研修と丸暗記ばかりに比重を置いている」。全く耳が痛い。「外部記憶」が日常的になった時代に、膨大な知識が必要とされる日本の医師国家試験は完全に時代遅れだ。しかし、なかなか改革される見込みはない。
「私たちは『医療には限界がある』や『死は避けられない』、『老化は病気ではない』のスローガンで意識啓発運動を始めるべきだろう」という意見は全く正しかろう。医学は万能であると喧伝されすぎてきた。しかし、長年にわたるそういった慣性力がいまさら変えられるだろうか。
過激すぎるのではないかと感じた記述はあるし、著者の意見をそのまま受け入れる必要もない。だが、こういった考えがあることを知っておくのは医学関係者にとっては極めて重要だ。特に若い医師たちに薦めたい。
はぁ、あと2冊なんですけど、あまりに強烈な本なので、似たような本なんかありませんわ。なので、残りは薄いつながりで堪忍してください。2冊目は、同じく英国人医師の本『医師が死を語るとき—脳外科医マーシュの自省』でいきます。
ヘンリー・マーシュは大英帝国勲章を受けているほどの名医だ。それだけではない、ボランティア同然でウクライナの脳外科に大きく貢献したヒューマニストでもある。どう考えても尊敬に値する。しかし、自ら振り返った人生は陰影に満ちている。先の1冊と同様、自分自身の頭で徹底的に考え抜いた内容だ。ステレオタイプ的な見方かもしれないが、英国人医師ここにありという印象を持った。
前作『脳外科医マーシュの告白』は、かつてレビューを書いたことがある(【マーシュ×仲野】で検索してみてください)。すごく面白かったので、次作であるこの本を読んだ。年齢的なこともあるが、英国の医療制度に疲弊して引退されたらしい。残念なことだ。
3冊目は『悪いがん治療:誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか』を。がん治療の現状と、新しい治療法の開発が必ずしも正しくないのではないかという問題提議だ。著者が血液腫瘍内科医でUCSFの疫学・統計学科准教授であることから分かるように、その批判はまっとうとしか言いようがない。この本についてもレビューしたことがあるので、内容については【悪いがん治療×仲野】で検索をば。
ふぅ、3冊ともちょっとヘビーかもしれまへん。ちょっと疲れましたわ。でも、たまにはこういう本も読んでもらわんとあかんと思っとります。かといってこんな本ばっかりやったら、この欄の人気なくなるかもしらん。ということで、次回は軽い目でいきまっさぁ。
今月の押し売り本
今月の押し売り本
今月の押し売り本
仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2022年8月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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