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2022.12.08

【Cross Talk】スペシャル対談:医師が発信するということ<前編>

これからの医師の情報発信の在り方
今回は「これからの医師の情報発信の在り方」をテーマに、当誌連載コラムでもおなじみ『こわいもの知らずの病理学講義』の著者である仲野徹氏と、『すばらしい人体』の著者である〝けいゆう先生〟こと山本健人氏の対談を実施。テレビ出演や新聞連載、市民向けの講演会、オンラインセミナー、SNS、ブログ……と、幅広いメディアで活躍する二人に、医師が情報発信をする意義や、メディアの活用方法を語っていただいた。

<お話を伺った方>

仲野 徹(なかの・とおる)

1981年大阪大学医学部卒業。1989年ヨーロッパ分子生物学研究所(EMBL)客員研究員、1990年京都大学医学部助手、1991年京都大学医学部講師、1995年大阪大学微生物病研究所教授、2004年大阪大学大学院医学系研究科・病態病理学教授に就任。2012年日本医師会医学賞受賞。2017年『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社)がベストセラーに。そのほか著書に『エピジェネティクス』(岩波書店)、『仲野教授の笑う門には病なし!』(ミシマ社)など。2018年「ドクターズマガジン」7月号の「ドクターの肖像」に登場。当誌の大人気連載「押し売り書店仲野堂」ではコラムを担当している。

<お話を伺った方>

山本 健人(やまもと・たけひと)

2010年京都大学医学部卒業。2010年神戸市立医療センター中央市民病院臨床研修医、2012年同外科、2015年田附興風会医学研究所北野病院消化器外科、2017年京都大学大学院医学研究科消化管外科学博士課程を経て、2021年から現職。「外科医けいゆう」のペンネームで、医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、開設3年で1000万PV を達成。2021年『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)が16万部超えのベストセラーに。Yahoo! ニュース個人、ダイヤモンドオンライン、時事メディカル、# SNS 医療のカタチなど数多くのメディアで医療情報を発信している。

一般の人たちに向けて正しい医療情報を発信したい

 山本 先生 ︙仲野先生はこれまでたくさんの書籍を出版されていますが、きっかけは何だったのでしょうか。

 仲野 先生 :知り合いの編集者さんから「本を書いてほしい」と声を掛けてもらったのが、書き始めたきっかけです。それが、『こわいもの知らずの病理学講義』。スタートは遅くて50代になってから。それまでは真面目に研究者生活を送っていたんです(笑)。今は医療に関することだけでなく、書評やエッセイも書いています。

 山本 先生 ︙実は『すばらしい人体』を書くに当たって、仲野先生が『こわいもの知らずの病理学講義』で用いた専門用語の難度を一つの指標にいたしました。先生の本が売れたことで、難しくても骨のある本が好きな人たちが、確実に一定数はいると分かったので。ちょっと難しいかなと思うような遺伝子の話なども、あえて噛み砕かずに書きました。

 仲野 先生 :山本先生はどうして情報発信を始めようと思わはったんですか?

 山本 先生 ︙医師になって最初に勤務したのがものすごく忙しい病院で、はじめは情報発信をする余裕は全然ありませんでした。でも、外科でがんの患者さんを多く診ていると、中には間違った医療情報を信じてしまい、正しい医療から遠ざかってしまう人たちがいて、危機感を持つようになったんです。自分がどんなに知識や技術を磨いても、その患者さんたちを救うことはできない。それならまず、正しい医療情報を発信しようと思ったのです。

 仲野 先生 :一般の人たちはほとんど病気のことを知りませんからね。僕は千林という大阪の下町生まれなんですけど、近所のおっちゃん、おばちゃんと話していると、それを感じます。『こわいもの知らずの病理学講義』を書いたのも、そういう人たちに病気のメカニズムを知ってもらいたかったから。「この病気になったら終わり」「あの先生はあかん」とか、いい加減でネガティブな話ほど広がりやすいですよね。

 山本 先生 ︙そう思います。真面目な患者さんほど、ネットや本から得た間違った医療情報に振り回されてしまう。中には手術を受けない選択をしたり、病院に来なくなってしまったりする患者さんもいました。病気で苦しいときこそ「何でこんな情報を?」というものを簡単に信じてしまう。当時は、まだ医師になったばかりでどう対応していいのか分からず、直接的に意見を否定してしまったこともありました。

 仲野 先生 :先生の場合は、臨床での焦燥感がきっかけやったんや。

 山本 先生 ︙医師になって7年目の時に「外科医の視点」という医療情報サイトを立ち上げたのですが、実はその前に朝日新聞の「声」欄にせっせと投稿をしていました。50通くらい送って2割くらいは掲載されたでしょうか。そこで、標準治療を忌避する人に対して、標準治療がどういうものか、どんな根拠があるのかを書いていたんです。今でも情報発信の根底には、当時の「何とかしたい」という思いがあります。

エビデンスに基づいた発信を情報の精度を高める必要性

対談

  仲野 先生 :医療の本はあまり売れない中で、残念ながら売れている本の多くは、いわゆる「トンデモ本」です。医学について正しく伝えようとすると内容が難しくなりますが、トンデモ本は分かりやすい。だから売れてしまう。

 山本 先生 ︙「〇〇を食べるとがんにならない」「〇〇を揉めばがんが治る」などのように、医学的なエビデンスがないものが多いですよね。以前、がん研究者の大須賀覚先生がA m a z o n の「がん治療」のジャンルにランキングしている上位12冊を読んだところ、そのうち信頼できるものはたった3冊しかなかったというコメントを出されたことがあります。

 仲野 先生 :もうひとつ僕が問題だと思っているのは新聞記事。取材を受けたり、コメントを書いたりしても、掲載前の記事をチェックさせてもらえない。社会記事やったら分かるけど、科学記事でもそう。たった1行、一言欠けただけでもニュアンスが変わりますから、下手をするとミスリードにつながってしまう。新聞は影響力が大きいから、本当は記事になる前にチェックさせてくれないとあかんよね。

 山本 先生 ︙同感です。新聞やテレビを見ていると、医療に関する情報がエビデンスのあるものなのか、臨床においてどの程度の実現性があるものなのかといった、情報の精度のグラデーションが明確にされていないこともあります。

例えば、試験管レベルである化学物質ががん細胞に効いたという研究があったとしても、それが論文になっているのか、なっていたとしても基礎研究の段階なのか、臨床試験まで進んでいるのか。いくつもの段階があります。それを理解したうえで発信をしないと、患者さんの中には過剰な期待を持ってしまう人もいる。

 仲野 先生 :よく「将来的には画期的な治療につながる」などと書かれるけれど、実際に製薬までいくことはほとんどないんやから。

 山本 先生 ︙マスコミの科学記者の中には、英語論文を読めない人も少なくないと聞きます。今の自然科学の新しい情報はほぼ英語で発信されているので、そうした一次情報を取りに行けないのも問題の一つ。欧米に比べて、正確な情報が発信しづらいのではないでしょうか。

誤解を与えない表現をSNSにおけるリスク管理

対談

 山本 先生 ︙仲野先生は、情報発信で何か気を付けていることはありますか?

 仲野 先生 :今は月1回の新聞連載を持っていますが、それはものすごく気を使って書いていますね。読者数が多いですし、どんな人が読むのかも分からないから、誤解を招かない表現をするようにしています。SNSでの発信でもそれは同じですよね。

 山本 先生 ︙そうですね。私の場合は、病気や医療について発信するときは、当事者が読んで傷付かないかを最初に考えています。医療者の中にはそのあたりの配慮に無頓着になっている人もいるのではないかと思うんです。病気で苦しむ人や、そのご家族が「これを見てどない思うんや」みたいなことを、発信してしまう人もいますよね。

 仲野 先生 :SNS では、何が拡散されて何が炎上するのか、コントロールできない部分もあるから注意しないとあきませんね。

 山本 先生 ︙私はSNSでもw e b サイトでも、書いてから発信するまで一晩寝かせるようにしています。時間をおいてみることで、とげがある書き方になっていないか、読んで傷付く人がいないかをチェックします。SNSの中でも特にTwitter には癖があって、「政治・宗教・スポーツ・セクシュアル・差別」の頭文字をとった「5S」と呼ばれる話題で炎上しやすいといわれています。不特定多数の人に向けて、自分の所属や名前、顔を出して発信するのであれば、そうした話題を避けるようなリスク管理も必要だと思います。

 仲野 先生 :山本先生はこれまで情報発信をされてきて、リスクを感じられたことはありますか?

 山本 先生 ︙Twitter での発信はものすごく気を付けているので、自分の発言で炎上したことはないのですが、過去に一度、メディカルサイトで書いた記事が誤解されて広まったことがあります。

 仲野 先生 :どんな記事だったの?

 山本 先生 ︙熱中症に関する記事で、経口補水液に「◎」、水やお茶に「×」が描かれたイラストがサムネイル画像に使われていたため、水やお茶は飲んではダメだと誤解されてしまったんです。「経口補水液の宣伝ではないか」という声もありました。本文を読めば、そういう書き方はしていないと分かってもらえるはずなのですが、SNS では記事の本文を読まずに、タイトルやサムネイル画像だけで判断する人がいるので、そうした誤解が生まれてしまいました。

 仲野 先生 :自分が意図していないところで反応が出てしまう。それもSNSの特徴ですよね。最近のSNSでは、COVID-19やワクチンについての話題で盛り上がっていた印象があります。

 山本 先生 ︙一般の人たちにとっても興味のある話題ですから、さまざまな情報が広まりましたよね。中にはトンデモ情報も多くありました。例えば、Twitter でデマやトンデモ情報が拡散し始めたときに、フォロワー数の多い人が真っ向からそれを否定するような発信をすると、より情報を広めてしまい逆効果になることも。専門知識のない人にとっては、明らかなデマと正しい情報が「賛否両論ある話」なのだと受け止められてしまうのです。

 仲野 先生 :同じことを有名な経済学者の先生もおっしゃっていました。影響力のある人たちが議論に参加すると、相手の知名度を上げてしまうと。

 山本 先生 ︙はい。間違っている情報を直接的に否定することがダメとは言いませんが、かえって広めてしまう危険性もあります。SNSは議論には向いていないツールなんです。

 仲野 先生 :「イベルメクチンがコロナウイルスに効く」という情報も、まさにそうだったと思います。おそらく間違っていると思っていても、どうしても否定する側の歯切れが悪くなってしまう。効くはずはないと思っていても、ひょっとしたら、がありますから。それが医者としては正しい姿勢ではあるものの、トンデモ情報は断定的に広まるので一般の人はそちらを信じてしまう。

 山本 先生 ︙SNSでトンデモ情報が広まった場合は、やはりマスメディアがしっかりと情報を見極めて報道することが大事だと思います。なんだかんだ言ってもテレビや新聞での報道の方がいまだに影響力が大きいですから。

後編に続く。

※ドクターズマガジン2022年12月号に掲載されました。

仲野 徹、山本 健人

【Cross Talk】スペシャル対談:医師が発信するということ<前編>

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