記事・インタビュー

大阪大学大学院生命機能研究科教授
仲野 徹
#15 座右の銘はない
※by 石毛 直道
リターンズをあわせて全15回にわたった連載も今回でおしまいである。最終回は見ての通り、ちゃぶ台返しのような内容だ。どうしてこれを選んだのかを説明してみたい。でないと、これまでのは何やったんや! という怒号が聞こえてきそうな気がするし。その前に、この言葉の由来をば。
食べる文化人類学者、石毛直道の本、『座右の銘はないあそび人学者の自叙伝』のタイトルからちょうだいした。何を隠そう、1984年に出版された『ハオチー! 鉄の胃袋中国漫遊』(平凡社)以来、石毛さんのファンなのだ。あの小松左京に「大食軒酩酊」と命名された石毛さんは、なんでも食べることができる「鉄の胃袋」の持ち主である。その石毛さん、ようやく外国人が中国を自由に旅行できるようになった時、真っ先に何を食べに行かれたと思われるだろう。
なんと、中華料理でなく、上海でのフレンチだった。かつて租界があった上海、文化大革命をかいくぐってどんなフランス料理が供されていたか。中国漫遊でありとあらゆる物を食べる予定がある。そんなことをして舌が鈍る前に上海のフレンチを、という発想が素晴らしくてファンになった。もちろん、本の内容も最高に面白かった。
先方は覚えておられないと思うが、2~3度、偶然お目にかかったことがある。大阪ミナミに行きつけの小さな割烹があって、石毛さんもよくその店に通っておられたからである。初めてお会いした時、思わず「こんなおっさんやったんですか」とつぶやいてしまって周囲の顰蹙を買ったが、ご本人は笑っておられた。じつに楽しい思い出である。その時、わたしの「ファン度」がいや増したのは言うまでもない。
「 座右の銘はない。しいていうなら、座右の銘などもたないということが、わたしの座右の銘である」と、自叙伝に書いてある。さすがだ。「座右の銘をつくったところで、それをまもることができない自分であることは、子どもの頃から承知している」と続くのだが、考えてみれば、座右の銘など持たずに生きる人生が望ましいのではないか。広辞苑で「座右の銘」をひいてみると「常に身近に備えて戒めとする格言」とある。基本が「戒め」なのだ。座右の銘がない人生とは、自らを戒める必要のない人生ということではないのか。素晴らしすぎる。けれど、凡人にはたぶん難しい。
連載14回分の座右の銘を振り返ってみた。ごく主観的に以下の4つに分類することができそうだ。まず、開高健の「何かを得れば、何かを失う、そして何ものをも失わずに次のものを手に入れることはできない」に代表される、諦めるのも大事ですよ系が5回。沢木耕太郎の「世界は『使われなかった人生』であふれてる」のような、人生はそんなもんやで系が4回。前回の「しんどいのは君だけと違うんや」的な、できるだけ明るく生きましょうや系が3回。そして、(たぶん)ルソーの「ついに学ばずして終わるは、学んで忘るに如かず」とかいう、勉強せんとあかんで系が2回である。
ふむ、なるほど。わたしはきっと、「時に人生を考え、諦めが大事と思いながら、勉強せんとあかんけど、明るく生きていこうぜ」というように戒めて生きてきたということか。まぁ、なんとなくそんな気がしないでもない。逆に考えてみたら、そういったことを足枷にして生きてきたということでもある。来年の4月で定年だ。ガラガラポンという訳にはいかないけれど、これからは、石毛さんみたいに「座右の銘はない」と言い切れるような生き方をめざすのもきっと悪くない。いまさらできるかどうかはわかりませんけど。
ということで、『座右の銘は銘々に』、全15回の終了であります。ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。中には、名残惜しくてたまらないという読者の方もおられるかと存じます。残念ながら、お別れです。という訳ではなくて、次号から違った内容での連載を開始いたしますので、引き続きご贔屓に!
仲野 徹
大阪大学大学院生命機能研究科教授。専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2021年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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