記事・インタビュー

2020.06.05

Dr. Toshiのアジアで7年間外資系病院の臨床医として働いて分かったコト(6)

はじめまして。ベトナムはホーチミン市にあるRaffles Medical Groupで、総合診療医とBusiness Development Consultantを兼任して働いている中島 敏彦です。Business Developmentは日本でいうところの事業開発部にあたります。

まえがき

この記事を書いたのは日本がまだ“ビフォーコロナ”だった2019年末でした。”ウィズコロナ”の時代の始まりとともに、世界の在り様が日々大きく変わってきています。このような時代の中で、我々医療者のキャリア形成の在り方は大きく変わるでしょう。医師の働き方はどうなるのか? パラレルキャリアを持ったほうがよいのか? 医局に所属していたら生き残れるのか? 遠隔診療はどの程度普及するのか?

アフターコロナの時代に医療界がどうなっているのか、全く想像がつきません。もしかすると、何が起こるか分からない海外にわざわざ働きに行くことを考えること自体、正気の沙汰でなくなっているのかもしれません。

しかしこのウィルス恐慌の時代になるずっと以前から、海外の民間企業でキャリア形成していくには、常に周囲の状況やニーズに合わせて自分を最適化させることが求められていました。「強い者、賢い者が生き残るのではない。変化できる者が生き残るのだ」ということです。おそらくこれからの日本でも、このようなスキルが必要になることでしょう。

この記事を読んでくださっている方々が、新しい時代の中で役立ちそうなアイディアを私の経験の中から見つけてくだされば幸いです。

外資系医療機関での働き方と海外でキャリアを形成 - ③

前回と前々回の【外資系医療機関での働き方と海外でキャリアを形成 – 】で、外資系医療機関で生き残り、かつ理想のキャリアプランを作るためには、以下のことが最低限必要ではないかとお伝えしました。

  • 問診力をつけて無駄な検査や治療をしない⇒ 総合診療医としてのスキルを磨き続ける
  • 臨床医としてスキルや専門性などをUpdateし続ける⇒ 病院総合認定医取得、産業医資格更新、渡航医学学会で発表、論文投稿など
  • 正しい情報発信し続けるために現地医療事情に精通する⇒ 情報発信・集患目的にこれだけは是非チェック!!ベトナム進出前・進出後に必要な当地医療事情を公開
  • 現地邦人社会に貢献する⇒ 日本大使館、日本領事館との連携、現地日本商工会議所や日本人小学校での講演会など

ただし、これだけではあくまで「クビになりづらい、もしくはクビになっても困らないための最低限レベル」です。言い換えると「医療機関にとって、よく働く都合のいい医者」です。しかしもし組織の中でキャリアアップを目標とするならば、臨床的問題だけを解決していけばいいわけではありません。

当然、組織として抱える問題を解決する必要も生じます。そのためには関係者と交渉を行わなければなりません。つまり日常的に「英語で交渉する能力」が求められるようになります。正直なところ私にとっては英語で臨床をやっている方がはるかに楽です……。

更に重要なこととして、自分や家族の生活を守るために給与交渉をしたり有給休暇を取ったりしないといけません。これができないと、海外で仕事を継続することを許してもらえません。そうです、最大の難敵は家族の中にいるのです!!家族に納得してもらってこその海外でのキャリア形成なのです(私の場合)。そこで今回はさまざまな場面で遭遇する交渉事に関する経験や知識をお伝えしたいと思います。

とはいえ、私は外科系(泌尿器科)出身なので、先輩に何か言われれば「はい!」か「イエス!」か「喜んで!!」という環境で育ってきたため、基本的には交渉事は得意ではありません。できればやりたくないです。

ただ知っておくと役に立つ知識やテクニックはいくつかあります。

  • Multicultural な環境では自分の常識はあまり通用しなくなります。東洋の島国の常識(医学も含めて)は世界では通じないこともあります。また空気を読んで忖度しようにも、相手の国の文化を理解できていないうちは忖度しようがありません。だからここであてになるのは契約書などに明記されている事柄や、UpToDateなど国際的に認められた資料で情報共有されているものだけです。
  • 特に英語力が弱いうちは話し方のスピードや雰囲気で相手に呑まれることがあるので、「理屈立てて、はっきりと」伝えることが重要です。上手な英語でなくて構いません。ゆっくりと自分のペースでいいので大事なことを明確に伝えることが重要です。
  • また交渉の場において身につけておくべきテクニックがあります。このあたりは「交渉学」という学術体系もあるので成書に譲りますが、最低限BATNA:Best Alternative To a Negotiated Agreement(交渉が決裂した時の対処策として最も良い案)ぐらいは知っておいた方がいいと思います。
    参考:https://www.mmatsuura.com/negotiation/lect/lecture5.html
  • また外資での給与交渉の仕方などもインターネット上で探すことができます。私はこちらを参考にさせていただきました。
    参考:https://toyokeizai.net/articles/-/120000
  • 交渉することを恐れないことも大事です。日本ではついつい軋轢が生じるのを嫌って避けてしまうのですが、交渉をしないでいると、都合よく使われてしまう可能性があります。例えば外資系組織では雇用条件は交渉で決まります。結果、職員間で雇用条件はバラバラです。また企業によっては「面接時に給与額が決まり、その後は交渉のチャンスがない」なんていうパターンすらあります。常日頃から「必要な時に適切な交渉ができる」と示しておくことは、マネジメントや同僚との間によい緊張感を保っておくためにも重要だと思います。

それでは次回【外資系医療機関での働き方と海外でキャリアを形成 – ④】では、「クビにならない」の次の段階である「お願いだから辞めないでね」と言われるためにはどうしたらいいかお伝えしたいと思います。

次回に続く。

<プロフィール>

中島 敏彦(なかじま・としひこ)
病院総合診療認定医、産業医、泌尿器科専門医

1977年生まれ。秋田大学医学部卒業後、千葉大学泌尿器科、JCHO東京新宿メディカルセンター、静岡県立静岡がんセンターなどで10年間勤務。2013年よりシンガポールのNippon Medical Careで総合診療、熱帯医学、渡航医学などを学ぶ。その後は北京、ハノイでInternational SOSで邦人患者の治療に携わり、2017年からはRaffles Medical GroupのInternational Departmentに所属するホーチミンクリニックで日本人総合診療医/Business Development Consultantとして勤務。
また日本とベトナムの架け橋となるべく、ベトナムにある日系商社Clover plus co.,ltdのアドバイザーとして、日本の医療産業がベトナムに進出するための支援なども行っている。海外勤務歴7年。
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中島 敏彦

Dr. Toshiのアジアで7年間外資系病院の臨床医として働いて分かったコト(6)

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