記事・インタビュー

2019.12.19

中国の医療現場から実感したこと(3)

 

ドイツで30年にわたり心臓治療の第一線で活躍。これまでに手がけた心臓手術は約2万件。名実ともに世界的な心臓外科医である南 和友先生に、医師になったきっかけやご自身のキャリア、そしてドイツの医療や働き方と、日本の医療が抱える課題についてお聞きしました。日本・ドイツ・中国の医師が集まるイベント「日独中ジョイントミーティング」に関する情報も併せ、全4回にわたりご紹介します。
今回は中国の医療の現状や、海外の医療制度と比較して日本が抱える課題などをお伝えします。

天津の心臓センターを訪問

近年、ヨーロッパ、アメリカ以外に中国に渡りキャリアを積む医師が増えてきています。その背景には中国の医療技術と質の向上があります。その実態を把握するために、私は2005年に中国の天津市にある心臓センター(TEDA国際心血管病医院)を訪れました。年間の症例数は約2,500以上で、スタッフ数や施設規模からも世界でも有数の施設といえます。

当初は「中国は共産圏だから」という理由だけで、画一的な医療システムで運用されていると思っていましたが、TEDA国際心血管病医院で行われている医療サービスを目の当たりにして、私の想像は完全に覆されました。高度な医療の提供に加え、富裕層向けに1泊20万円もする豪華な個室にスイートルーム、付き添い人専用の部屋やジムなどの設備も非常に充実しており、上海や香港からも富裕層の患者さんが多く訪れていました。この富裕層の存在が大きく、病院に多額の医療費を支払い、その恩恵で今の中国の医療の発展を支えているともいえます。

そして中国視察から帰国してほどなく、全国5、6ヵ所の大学病院から医師を集め、TEDA国際心血管病医院へ医師派遣をすることに決めました。現地では、たとえ中国語が話せなくても、英語である程度のコミュニケーションが図れます。現在、私が知る限りでも20人近い医師がそのセンターでキャリアを積み、日々奮闘しています。

日本の医療が抱える課題

中国では施設の集約化により、ドイツと同様に合理的な医療が行われています。計画的に医療施設を建設しているため、むやみやたらと施設を増やすことはありません。

一方、日本では規模の大小を問わず、患者数に比べて医療施設の数が圧倒的に多すぎるため、その影響として一施設に集まる患者数が少なくなり、充実した研修が受けられないという現実があります。合理的な判断を元に、制度を根本的に見直さない限りは医療施設数の多さや、それに伴う医師不足など、長年抱える課題からの脱却はできないと考えます。

また、日本における施設の集約化を妨げている主な要因として、大学病院が多くの関連病院を抱え、医局から医者を派遣するというシステムが現在でも変わることなく続いていることが挙げられます。

医局人事により、長期にわたり関連施設に派遣され、医師自身が望む施設で研修が受けられないため、一人前の専門医になる前に希望のキャリア形成ができず、諦めていく医師も少なからず存在します。このような状況を変え、日本の将来を担う若い医師が十分な研修を受けられる環境をつくるために尽力できればと考えています。

若手医師へのメッセージ

一人前の専門医(心臓外科医)になりたいのであれば、日本だけに留まらず、海外へ目を向けてみるのもキャリア形成の一助になるかと思います。本気で臨床経験を積み、そしてそのための努力も惜しまない覚悟であれば、私たちもサポートします。

近年では東欧諸国が積極的に外国の学生を受け入れており、留学を志す医師も増えてきています。例えば、ハンガリー、ブルガリアなどの医学部では、医師資格試験に合格すれば、EU内で通用する共通免許を取得でき、言葉さえ理解できればEU圏内の他の国で働くことができます。さらに、海外の大学の医学部を卒業し、海外の医師免許を取得したあとに日本の医師国家試験に合格すれば、日本の医師免許を取得することも可能です。日本で診療することも念頭に置いているなら、留学は合理的な判断であるともいえます。

また、一人前の専門医(心臓外科医)を目指し留学をするのであれば、症例数が多い病院へ行くことが最重要だと考えます。実際に海外留学を経験した医師は多数いますが、留学中にどれだけ多くの症例数を経験したかが、その後のキャリア形成に大きく影響してきます。たとえ数多くの論文を執筆していたとしても、患者さんに最適な治療ができるとはいい切れません。

仮に私が若い頃に戻り、もう一度、初期研修からキャリアを積めるとしても、必ず海外へ行くと思います。

私が留学をしていた当時の状況に比べると、現在は留学をするためのハードルが高くなっている印象を受けますが、絶対越えられない壁ではないですし、ご自身の努力次第で言葉の問題なども解消できると信じ、皆さんにエールを送らせていただきます。

 

 

おすすめの書籍

こんな医療でいいですか?―ドイツから日本へ 30年ぶりの復帰からみえてきた日本の医療とは

『こんな医療でいいですか?』はる書房/南 和友(著)

2002年ドイツ滞在時に執筆。医療にまつわる様々な制度について紹介しています。日本の医療に対する疑問を赤裸々に投げかけています。無駄な医療費を使わずに済むように、ホームドクターから専門医へ橋渡しできる仕組みの導入を推進したいですし、ホームドクター制度なしでは、日本の医療が抱える課題は解消できないと考えています。

 

<プロフィール>

南 和友

南 和友(みなみ・かずとも)
ドイツ・ボッフム大学 胸部・心臓・血管外科 永代教授
医療法人社団 友志会 南和友クリニック 理事長・院長
NPO法人ハートtoハート・ジャパン 理事長

1976年にデュッセルドルフ大学胸部血管外科へ留学。その後、ドイツで医師として約30年にわたり心臓治療の第一線でご活躍され、心臓手術数は約2万件、心臓移植は約1,500件の症例を経験。1984年には、ドイツ北部にある世界一の心臓病センターの設立に携わり、外科チームの実働トップとして経験を重ねてきた。日本人では初めて、2004年にドイツ・ボッフム大学永代教授に就任。

南 和友

中国の医療現場から実感したこと(3)

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