どのような診療を行うのですか?
基本的には、一般の医療と変わることはなく、成人では生活習慣病(高血圧、糖尿病等)、腰痛症、不眠等の精神疾患、少年では、ぜん息等呼吸器系疾患の患者が多く見られます。これらの疾患に対する医療や健康診断などを行います。診療科としては、内科、外科、精神科が主ですが、他の診療科目が専門の方も相談に応じます。
被収容者の診療は、全てその施設の矯正医官が行わなければならないのですか?
各施設には常勤医師のほか、非常勤医師なども配置されています。施設内で対応できない専門的な検査や治療が必要な場合には、医療刑務所に移送したリ、外部の医療機関に入院させるなどして対応することになります。
刑務所や少年院のような矯正施設は全国にあるとのことですが、転勤はどの程度あるのですか?
転勤については、本人の意向を、最大限に尊重しており、転勤をしない医師も数多くいます。
医師をサポートしてくれるスタッフはいますか?
ほとんどの刑務所には、看護師及び薬剤師が配置されているほか、准看護師の資格を有する刑務官も配置されています。臨床工学技士、理学療法士などが配置されている施設もあります。
刑務所や少年院で勤務していて、受刑者や非行少年から脅されたり、殴られたりはしませんか?
診療には、必ず刑務官や法務教官が付き添うことになっていますので、脅されたり、暴行を加えられるような心配はありません。
訴訟リスクはありませんか?
矯正医官の診療は、国の行為として行われるため、個人で訴訟リスクを抱えることはありません。訴訟対応の専門部署がありますので、国が全面的にバックアップします。
地下鉄駅構内に貼られたEXILEのATSUSHIさんのポスターに目を奪われたことをきっかけに、半年前に研究生活を離れて矯正医療の世界に飛び込みました。
刑務所の二重三重の厳重なセキュリティ、行き交う刑務官の早口な「異常ありませンッ」の掛け声、額にまで彫られた被収容者の文身(入れ墨)など、この施設ならではのインパクトは<急性感染症的>に強烈で、しかし間もなく免疫がついてしまいました。代わりに今は<自己免疫疾患的>ともいえるおどろき――染み付いた常識や習慣が実は当たり前ではないことの気づき――をジワジワと味わっています。
一般の医療知識レベルは世界共通ではないこと、患者と医師が治療に対して違う方向を向く状況がありうること(詐病や頑なな思い込み)、一定水準の医療を成立させる目的にはハイエンドな設備は要らないこと、かつての処方時「患者さんの満足のため」という言葉の陰に、その場さえやり過ごせればという無責任さが隠れていたのではないかという反省などなど。
しかし一番戸惑い、そしていまだにしっくりしないことは定時に退庁を促されることでしょうか…。働き方改革のカルチャーショックを一足先に味わっているのかもしれません。矯正医療自体は狭く特殊な世界ですが、それについてよく知るためには、同時に外側にある医療保険制度の功罪や社会全体についても意識しないわけにはゆかず、理系人間だからと視野を狭めてきた自分にとっては、矯正医療を十分に理解できるようになるのにまだまだ時間がかかりそうです。
被収容者に医療を提供するというだけではなく、これまでの自分の生き方・考え方をアップデートする機会を与えてくれる、私にとっては二重の意味での「矯正」医療。四十を越えても、知的好奇心を日々刺激されながら仕事する機会があることをありがたく感じています。万人向きとは決して思いませんが、自分の窮屈さをふと意識してしまった医師ならば矯正医官へのキャリアチェンジも悪くない、いやむしろ、そういう医師にこそ矯正医官はおすすめできます。
私は、大学病院や民間病院で精神科医として約10年間勤務した後に、刑務所の矯正医官として勤務することとなりました。元来、司法精神医学に興味があったことから、一度は刑務所で勤務してみたいという希望を持っていました。現在、精神科医の矯正医官として勤務していますが、勤務形態としては、平日の3日間を刑務所での勤務、残りの2日間を部外診療(いわゆる兼業・アルバイトのこと)等にあてています。>
部外診療では、一般的な精神科医療を外部病院で行っています。外部機関での診療を行えることは、最新の医療に触れられるということにおいて、大変貴重な機会であると考えています。
矯正医療は、刑務所内という特殊な環境のため、一般の精神科医療と全く同一のものであるとは言い難いですが、概ねこれまで培ってきた経験や知識で対応が可能です。診察には刑務官が必ず付き添っており、安全面での心配を感じたこともありません。
患者層に関して、一般の精神科医療と共通するのは、認知症の受刑者が増加していることです。その他は、薬物依存症や精神遅滞の受刑者が多く、精神科医療で最も多勢を占める統合失調症の受刑者は少ない傾向にあります。
総じて、入職する前に持っていた収入面や安全性に関する不安も現在はなく、大変なこともありますが、やりがいのある仕事が出来ていると考えています。
矯正医官になられた経緯を教えてください。
私は少し仕事を休んでいた時期があったのですが、仕事への復帰を考えていた際、知り合いの先生に矯正医官について紹介されたのがきっかけです。
私の場合、身内の者がすでに矯正医官として勤務していたのですが、転勤することになり、現在の勤務地付近へ引っ越すことになりました。転居に際して自分の仕事をどうするかについて考えていたのですが、育児など家庭のことを考えると一般病院における勤務での育児と家庭の両立は難しいと思っていました。その点、矯正医官の場合は育児をしながらでも働きやすい環境かと思い、矯正施設で勤務するようになりました。
今はどのような勤務をされていますか。
私は週5日のうち、4日を施設において勤務し、1日は外部の民間医療機関で働いています。矯正施設の場合、設備等、限られた環境での勤務になるので、外部の医療機関で働くことは、塀の外とのつながりを保つことができますし、自己のスキルアップにも非常に有効だと感じています。
私は週5日とも施設で勤務していますが、子供が小さいことから育児時間をいただいています。この育児制度を活用して、朝晩の子どもの迎えや家事などを行っているので、生活サイクルが安定しています。
1週間の仕事の流れについて教えてください。
外科系なので週1回手術を行い、術前後の管理を行います。受け持ち患者の診察は、重症患者以外を除き、基本週1回の診察になりますので、その診察対応が中心となります。また、新しく入所する患者についても、診察や検査を行っています。
あと、月1回から3回のペースで当直に入ります。休日に当直に入ることもあります。
私は週5日とも施設で勤務していますが、子供が小さいことから育児時間をいただいています。この育児制度を活用して、朝晩の子どもの迎えや家事などを行っているので、生活サイクルが安定しています。
矯正施設で勤務するメリットは何でしょう。
仕事のON・OFFがはっきりしているところです。一般病院では緊急での呼び出しが多々ありますが、ここではそういった緊急性の高い患者がそう多くはないので、時間的な拘束は一般病院に比べると少ないです。あと、他科の先生の人数もそれほど多いわけではないので、患者についていろいろな先生に相談しやすいのもメリットと言えます。
A先生と同意見で、時間の拘束が少ない点です。また、予定を立てて物事が進んでいくので、スケジュールが組みやすく、私が育児時間を有効に活用できているのもそういったメリットがあるからだと言えます。
一般病院との違いはありますか。
診察時に必ず職員(刑務官)が立ち会うのは大きな違いだと思います。これは保安警備上の観点からやむを得ないものと聞いており、若干閉塞感は感じますが、そのおかげで普通に診察ができているという安心感があります。こういった施設だから訴えの多い人が多いと思われるかもしれませんが、その点は一般病院とそれほど差があるとは感じていません。
患者の症例については意外と幅広く、それに対して限られた設備で対応しなければならないので、非常に勉強になりますし、一般病院で通用したことがここでは通用しないこともあります。
また、治療についても、患者には出所日(刑期終了日)があるので、それを踏まえながら治療方針を検討するのも一般病院との大きな違いと言えます。
限られた設備であり、かつ、専門医がそれほど多いわけではないので、問題の精査や一つの決定を出すのに時間がかかることがあります。
手術については、一般病院に勤めていた頃は担当手術が年350件程度ありましたが、ここでは年50件から100件程度です。ただ、件数は少なくても、一般病院では経験できなかったことも経験しています。その点でも勉強になるかなと感じています。
矯正施設での勤務は、医師としてのキャリアアップにつながりますか。
これは、その先生が何を求めているかで変わってくると思います。ここで勤務していても自分が頑張れば専門医としての資格を維持(更新)することは可能です。
方向性の違いだけでしょうね。これまでにも申し上げましたが、一般病院では経験できないような経験をすることが多々ありますから。
診察中に不安を感じることはありますか。
全くありません。
矯正施設での勤務で印象に残っていることについて教えてください。
刑務官など一般病院での勤務ではまず関わることのない業種の人たちと仕事で関わることができたので、刺激になりましたし、自分の考え方の幅が広がったと思います。
一般病院だけでの勤務では味わえなかった経験ができているので、考え方や人生観に広がりが出たと感じています。
どのような先生に矯正施設に来ていただきたいですか。
「本当は仕事がしたいけど、一般病院でバリバリ仕事をするのはちょっとしんどい」、「勤務時間に制限がある」という先生にはとてもいい職場だと思います。一般病院でも当直免除や出産・育児休暇制度などは適用されていますが、まだまだ浸透していないというのが実情のようです。その点、矯正施設は国の機関なので、制度面でも実績面でもしっかりしています。
矯正施設では医療職だけではなくいろいろな職種の人と協力し合って仕事を進めていく必要があるので、コミュニケーションがしっかりと取れる先生に来ていただけるとありがたいです。欲を言えば、色々な科の専門の先生方に来ていただけると助かります。