記事・インタビュー

2017.10.31

矯正医官、今むかし

私は、1989年に医師となり、2年間の初期研修の後に東北大学第三内科(現、消化器内科)に入局しました。大学院研究生を4年間やった後に宮城刑務所の法務技官医師となり、現在22年半が経過しています。その経験を基に矯正医官を取り巻く環境の変化を振り返ってみたいと思います。

1.開業医の医務課長がいた時代

昭和の時代、一部の矯正医官は開業医の方々でした。つまり、ご自身の医院を経営する傍ら、刑務所等に矯正医官として勤務し、その刑務所の医務課長として診療をこなされていました。地域に医院を開業されており、ご自身の医院にいても刑務所のすぐ近くですので、刑務所内の急病にも対応できますし、地域の医師会との関係も万全で、これはこれで非常によく機能していたのではないかと思います。しかし、個人事業主が常勤の国家公務員としてフルタイムの給与をもらうとは何事かとの批判が出ました。開業医の方々は、退職か閉院かの選択を迫られた結果、刑務所医療に理解のある多くの先生方が矯正の世界を去っていかれました。

今でこそ5つの刑務所で所内診療所の管理運営業務委託が実施されていますが、当時はそのような制度はありませんでした。字面の上では開業医兼医務課長も管理運営業務委託に似ている気がしますが、内容は大きく異なります。開業医兼医務課長は、刑務所の常勤の国家公務員として国から給与を支給されて雇用されますが、現在実施されている管理運営業務委託は診療報酬に基づく出来高払いとなりますので、医療費の大幅な増大を招きます。どうしても医師が確保できない地域でやむを得ない方法の一つでしかありません。

その他の医師の雇用形態として、現在小規模の拘置支所などで行われているのが非常勤です。時給制で雇用されていることが多いのですが、あくまでも何曜日の何時から何時までというパートタイムの雇用契約であり、夜間や休日の急病に対応できる体制ではありません。刑務所は、保安警備上の観点から、なるべく受刑者を塀の外に出したくありませんので、医療を含めて、生活の大部分は刑務所内で自己完結することが求められています。急病の頻度は少ないですが、24時間365日対応できる体制が理想ですので、非常勤ではなかなかうまく回らないのです。

2.矯正医官特例法以前

矯正医官特例法(「矯正医官の兼業の特例等に関する法律」)ができる以前、常勤の矯正医官の勤務時間管理は曖昧でした。医師の確保に窮していた刑務所は、「おおむね勤務時間の半分を刑務所内で勤務すれば、残りの半分までは外部の大学病院等で研修できる」というのを不文律として、近隣の大学医局から派遣いただいている例が多かったと記憶しています。勤務時間管理方法についても、各施設のローカルルールに任せられていました。大体において医師は勤務時間という感覚を大雑把に捉えているのではないでしょうか。自分の研修時代について思い出してみても、当直の日には微々たる当直料が出ていましたが、病棟での残業や夜間の呼び出しに残業代が支給された記憶はありません。千床規模の大病院で寝る間もない忙しさでしたが、昼間に空き時間があれば医局のソファーで寝ていたことも多かった気がします。与えられた仕事をこなしさえすれば、勤務時間は関係がないというのが私世代やそれより上の世代では一般的でしょう。

しかし、そんなことがいつまでも国家公務員の世界で通用しないのは当然のことでした。かつて、会計検査院の実地検査で、大学病院等で研修しているはずの医師数名が、研修に行っていなかったことが発覚したことがありました。これを契機に厳格な勤務時間管理が求められるようになりました。午前8時半出勤のはずが午前10時前後の重役出勤だったような場合には、給与の一部返還を求められたと聞いています。矯正医官の研修先である大学病院にも、会計検査院から厳しい調査が入り、多大なご迷惑を掛けた例もあったようです。このようなことが原因となり、締め付けと感じた多くの医官が矯正の世界を去っていきました。

また、兼業(俗にいうバイト)もしにくい状況にありました。勤務時間外には認められていましたが、勤務時間内にはバイトはできず、先輩医師等から頼まれてやむを得ず手伝いをした医官が、無許可兼業で摘発された事もあったそうです。外科医がほかにいなくてやむを得ず臨時の手術に行った場合などは、年次休暇を取ればギリギリセーフというのが一般的な解釈だったように思います。

3.矯正医官特例法の施行以降

前述のように曖昧な状態が続いていましたが、矯正医官特例法が2015年12月に施行され、勤務時間のカウントの仕方がすっきりと整理されたため、非常にわかりやすくなりました。以前ですと会計検査院と法務省の見解の相違を心配する必要がありましたが、法令上の制度として定まったことでそのような心配がなくなったことは何よりでした。また、ローカルルールではなく、全国一律の基準になりましたので、施設ごとの不均衡も是正されました。

フレックスタイム制を利用すると4週間単位での勤務時間管理が基準となります。週単位に換算しますと、週38時間45分の正規勤務時間のうち、19時間45分を刑務所内で勤務(「施設内勤務」といいます。)する必要があり、残りの19時間は大学病院等での研修や調査研究(「施設外勤務」といいます。)に充てることが可能です。施設内勤務の内容についても整理がなされましたので、医療を行う上で役に立つと刑務所長に認めてもらえさえすれば、施設外勤務とは別に、学会や研究会などへ出席することもできます。現在、大学病院と矯正医官を掛け持ちしているケースが比較的多いようですが、そのような医官は学会や研究会などへ参加する機会も多いため、以前より働きやすくなったと感じています。

また、フレックスタイム制は、一日当たりの勤務時間を長くしたり短くしたりできます。例えば私の勤務する宮城刑務所ですと、朝の7時半から医療の職員が働き始めます。私もそれに合わせて早く出勤しており、その分は超過勤務ではなく正規の勤務時間の一部とできます。また、夜間に行われる産業医研修会なども勤務の一部とみなされますので、基本的に金曜日は午前中しか勤務する必要がなくなってしまいます。そうすると、金曜日の午後はまるまる空きますので、国からの給与とは別に、民間の病院から報酬をもらってバイトをすることが可能です。公務員として安定的な身分を有しながら、並行して調査研究を行ったり、民間病院で勤務したりしたい方にはお勧めですし、育児や介護をしながら臨床を続けたい方には非常に勤務しやすい職場だと思います。

勤務環境にご興味のある方は「ワークライフバランスの実現~国家公務員の医師の場合」の記事をご参照ください。

また、各施設の求人情報については医師募集施設のページでご確認頂けます。

4.任期付採用という制度

一般の矯正医官の定年は65歳ですが、64歳までに採用されると65歳になっても1年ごとに68歳まで勤務可能年数が延長され、給与が減ることなく勤めることができます。ちなみに、一般職員が60歳になると一度定年退職となり、改めて再任用という形で雇用されますが、この場合は給与が4割方減ります。最近まで、矯正医官が勤められるのは68歳まででした。

ここで任期付採用という制度があります。制度自体は新しいものではなく、民間で培った高度な知識や経験を公務員として活用してもらう目的の制度であり、5年以内の任期で採用されるもので、年齢の定めがありません。これを、人事院のご理解を得て、最近矯正医官の採用で柔軟に活用できるようになりました。その結果として、公的な病院を65歳で定年退職された方を採用する道筋ができ、実際に70歳を超えて採用された方もいらっしゃいます。一般刑務所での矯正医官の仕事は、急性期病院のような激務ではありません。どちらかといえば、医療資源の乏しい地域のなんでも診る診療所に近い形で、いろいろな患者さんが受診しますので、今までの人生経験がものをいいます。したがって、人生経験豊かな医師にとって、最適な職場といえるかもしれません。給与が高いとは決していえませんが、セカンドライフとして国に貢献したいとお考えの方であれば、十分にご活躍いただけると思います。

最終更新(2017/10/13)

<執筆者>

新妻 宏文(にいつま・ひろふみ)

宮城刑務所医務部長
日本矯正医学会理事長

神奈川県出身。肝臓専門医。1989年、東北大学医学部卒。1995年、宮城刑務所採用。2015年9月から日本矯正医学会理事長。

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新妻 宏文

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