記事・インタビュー

2017.05.31

刑務所医師として働く意味を考える

熊本城

私は熊本刑務所に着任して2年目になります。医師としては17年目で、今まで一般外科医としていくつかの病院で経験を積んできました。ここは私が所属する医局の出向先としてずいぶん昔からあって、刑務所の医師という存在は知っていましたが、どんな世界なのかは全く知りませんでした。
後に書きますが、ここで学んだことは私の医師としての人生観を変えました。拙い文章ですがその貴重な経験を以下に記したいと思います。

1.矯正医療という、未知との遭遇

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何の予備知識もなく、2016年3月中旬に挨拶のため刑務所を訪れたのですが、私の到着を待ち構え、所長以下幹部がずらりと制服姿で勢揃いしており、「時間どおりに来てよかった。」と密かにホッとしました。広い所長室に通され、一人ひとりから丁寧な挨拶と自己紹介を受けました。ソファの前のテーブルにはきれいな生け花が置いてあり、対面に着座した幹部は皆微笑みを浮かべていたのですが、一見温和な表情の中に鋭い眼光を感じ、今までとは全く違う世界に来たなと自然と背筋に力が入りました。

数々の頑丈な扉を通り塀の中に入ると、まず、「ああ、静かだな」と思いました。通路に無駄なものは一切なく、掃除が行き届き建物の間に整備してある花がとてもきれいで印象的でした。不意に大きな号令が響き、緑色の作業服に身を包み帽子をかぶった受刑者の一群とすれ違い、一瞬身構えてしまいましたが、「いや、これから彼らの健康管理をするのは自分だ」とこの世界に足を踏み入れた実感が湧いたことを記憶しています。

2.人が人を管理する独特の世界

熊本刑務所は、熊本城から車で20分ぐらいの街中にあり、周りは住宅街に囲まれています。ここは無期懲役刑を含めて長期受刑者が多く収容されており、医務課は診療所としての機能を持ち、医師2名、薬剤師1名、看護師1名、准看護師3名、放射線技師1名で診療しています。470名近くの受刑者のうち、その日体調の悪い者や持病の診察、急性疾患の初療や外部搬送の判断、高齢者特有の難しい疾患の管理などが主な業務になります。その他に施設管理上の診療(入退所時や懲罰執行前、年1回の健康診断など)や季節ごとの生活環境に関連する疾患(熱中症やインフルエンザなど)の診療もあります。

外の医療と違い隔絶されたコミュニティーの中で疾患と生活共に診るという感じで、例えるなら、離島における診療所と保健所の業務を同時に行っているという感覚でしょうか。ただ、外の世界と決定的に違うのは彼らの生活全てを管理しているということであり、その点においては症状の原因を生活環境から考えたり疾患のフォローをしたりしやすい環境にあると言えます。

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さて、しばらく診療に関わっているうち、癌や末期の疾患、超高齢者の急変などにおいて難しい判断を必要とする場面を多く経験するようになりました。何分、ここでは家族と縁を切られている者が多く、そういった場合、方針の相談先がありません。もちろん医師としてやるべき処置は行うのですが、この特殊な世界で果たしてどこまですべきか?という大きな疑問というかテーマというか、常にこのことが頭に付きまとうようになりました。事あるたびに、上司の先生と話し合ったり長く務めている職員に相談したりしましたが、やはり自分なりの考え方を形成しなければやっていけないと思うに至り、まずはこの世界のことを学ぶことから始めようと思いました。

3.自分に何ができるか?医師として見つめ直した

そもそも、なぜ“矯正医療”が存在しているのか?その意味を知るためにいくつかの法規や資料を読みあさりました。過程の詳細は省きますが、私なりに出した結論は、『矯正医療は国家を支えている』というものでした。

日本は言わずと知れた法治国家です。そして、治安の維持のために刑務所や拘置所といった刑事施設があります。受刑者はこの国の法に則って裁きを受け、刑が確定した上で服役しています。その人達に対して、医療を提供しなければどうなってしまうでしょうか?

まず、人が人を管理するということ、つまり刑事施設の運営自体が成り立たないし、何より憲法がうたう基本的人権の尊重に背くことになります。ここで診療を行っていてよく思うことは、世の中には様々な人達がいる、でも同じ国に暮らす人達であるということであり、立場の違いはあっても人としてきちんと接するべきではないかということ。また入所中に健康管理をしっかり行うことで自分の身体を大事にするようになり、再犯を減らすことにつながるとも言われています。世間一般の感情と等しく、初めは自分の中で多くの葛藤がありましたが、今は医療者としてやるべきことを行う、どんな相手でも公平かつ優しく対応する、自らの体調管理の意識を高く持つように指導するという三点を自分なりのテーマとして持ち、日々の診療に当たるようになりました。

今まで外科医として何ができるかばかりを考えていましたが、公のために医師として何ができるかについて深く考える機会を得たことは、自分にとって大きな財産になったと思います。

4.社会医学という側面から、そのやりがい

地震、津波など国難ともいえるような大災害が続く日本において、近年、社会医学という領域の重要性が強く言われています。厚生労働省、保健所を中心とした保健衛生活動、働く人を守る産業医、他にも災害医療、予防医学、医療安全対策などとともに、矯正医療もこの領域に入ります。

しかしながら、実際はこの領域の人材不足が叫ばれて久しく、日本が国力を高め将来に備えることにおいて人材確保、育成が急務とされています。私は外科の仕事を主とする一方で、公に直結する仕事に関わっていることは自らの誇りと感じていますし、今後もどこかで社会医学という領域に関わっていきたいと思うようになりました。働き方改革が推進される社会の動きに合わせ、情報化社会のメリットを生かしながら国も柔軟に変化し、この国が持つ“人の力”を最大限活かすような法整備がまずは必要なのだろうと思います。

5.多くの出会い、何かできることを

法といえば矯正医官特例法という法律があります。これは週の約半分を国の業務として施設外の医療機関等で勤務することを可能としたり、また平日における兼業を可能としたりする法律で、2015年12月1日から施行されました。私はすぐ近くにある大学に手術助手として週2~3回通い、臨床カンファレンスに参加したり、臨床研究を進めたりすることができています。

また、熊本刑務所では勤務時間がしっかりと定められているため、色々なことを計画的に行動しやすく助かります。刑務官は仕事柄、体を鍛えている方が多いため、私も見習って筋トレを続けたり、趣味の時間を持って気分転換を図ったりするなど、自らの体調管理により一層気を配るようになりました。

ところで、着任して間もなく熊本地震が発生しました。幸い熊本刑務所は大きな被害はなかったのですが、これは普段から自立した生活環境を運営・管理していること、災害を想定し十分な準備をしていたことなど、この世界ならではの強みが生かされた結果だと思います。私は過去に災害医療の経験があったため、地震発生後1ヶ月ほど、先の施設外勤務の時間を使って、熊本市の災害医療関連の仕事をすることができました。そこで、社会医学に関する多くの方々と一緒に仕事をする機会を得ました。これは確実に自分の人生の幅を広げたと思っています。

当時、熊本刑務所敷地内の武道場が地域住民の避難所として開放され、刑務官たちが避難所の運営を務めましたが、私の施設外勤務の許可をいただいたことも含めて、刑事施設という堅いイメージの公的機関が、非常事態において柔軟に認可するにあたり、有事の際にも大変頼もしい存在であると感じました。

幅を広げると書きましたが、この世界では人事交流を大事にしていて、業務に役立つのであれば施設間の業務出張を認めてくれます。これは有り難いことで、私の場合、大阪医療刑務所に2回、高松刑務所に1回、勉強に行かせていただきました。大阪では難しい環境の中で長年尽力されている先生の話を、高松では働く人、つまり刑務官たちの健康管理に取り組む先生の信念を伺い、いずれも公に資するという観点からすると、敬服に値する仕事の歴史を知ることができたことは大変貴重な経験となりました。

このように多くの出会いがある中で、自分たちに何ができるかを考えた結果、私が上司の先生と二人で取り組んでいることがあります。それは被収容者全員のカルテを見直し病名整理票を更新することと、月1回の所内合同カンファレンスを開催することです。病名を正確に知ることで全体の疾患傾向の把握につなげ有効な対策を立てたい、またカンファレンスでは育った畑の違う者たちが集まり、難しい症例の管理を話し合い、勉強会をすることでより良い管理につなげたいという思いで行っています。

6.矯正は人なり

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先の合同カンファレンスのメンバーで、ベテランの刑務官の方から、“矯正は人なり”という言葉を教えていただきました。これは、この世界に必要な心構えを一言で説いていると思いますが、医療者としての基本姿勢を考えさせられる言葉でもあると思います。ちなみに地震の後の感想文で、世の人たちが苦しんでいるのに、自分たちは衣食住が足りていて申し訳ないと書く受刑者が多かったそうです。立場は違えど、同じ心を持った人間です。人が人を管理するためには、まず自己を省みて高めて取り組まねば務まらないと日々考えています。

以上が私の経験です。拙文で恐縮ですが、ここまで読んで下さった方には感謝申し上げます。
あくまで個人的な視点での話が多かったと思いますが、矯正医療という世界の一面が少しでも伝われば有り難く思います。“袖振り合うのも多生の縁”と言いますが、私自身はこの世界に関わっている限り、医師として公のためにできることは何でも前向きに取り組みたいと考えています。

最終更新(2017/05/31)

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