記事・インタビュー

2017.07.14

塀の中におけるロコモティブシンドロームへの対応

塀の中におけるロコモティブシンドロームへの対応

1.塀の中の高齢化事情

「平成28年度版犯罪白書」によると、刑法犯の検挙人員のうち高齢者の検挙人員は、平成20年まで著しく増加した後、概ね横ばいで推移している。現在は一応の高止まり傾向が認められるものの、他の年齢層に比して、最も高値を示している。平成27年度における成人の検挙人員総数199,866人のうち、65歳以上は47,632人おり、全体の23.8%を占めている。そして、「平成27年矯正統計年報」によると、刑務所においては、平成27年12月31日時点の受刑者総数51,175人のうち、60歳以上は9,466人、全体の18.5%を占めており、高齢化の波は、塀の中にも及んでいる。

筆者は、縁あって、四国地方に所在するいくつかの刑務所において受刑者の診療に当たっており、受刑者の高齢化に伴う生活習慣病の増加や疾病の多様化を実感している。高齢者の介護に刑務官が従事するような「刑務所の福祉施設化」もマスコミに取り上げられるようになっている。このような中で、刑務所におけるロコモティブシンドローム対策の重要性を強く認識するに至った。

2.ロコモティブシンドロームとは

人の運動器(身体を支え、運動を実施する器官)の障害によって、移動機能が低下した状態を「ロコモティブシンドローム(以下「ロコモ」という。)」と呼んでいる。ロコモが進行すると、人としての生活活動の自立性を阻害し、介護を必要とするリスクを高め、あるいは、介護が必要となるため、運動器の機能低下に対する対策が必要となる。

ロコモの予防対策については、どのような対象者に、何を、どのように、どれだけ、維持・継続し、その効果の評価基準を定める必要がある。他覚的な判定は身体的機能評価法として、立ち上がりテスト、2ステップテストがあり、主観的機能評価法にはロコモ25や7つのロコチェックを推奨している。

テスト名 測定の対象 臨床判断値 ロコモレベルの臨床判断
立ち上がり
テスト
下肢筋力 ロコモ度1
・40cm高の座位から片脚で立つことができない。
移動機能が下がり始めているレベル
ロコモ度2
・20cm高の座位から両脚で立つことができない。
他覚的に見ても日常生活に支障が出ているレベル
2ステップ
テスト
下肢筋力
バランス能力
柔軟性
歩行能力
ロコモ度1
・2ステップ値が1.3に達しない。
移動機能が下がり始めているレベル
ロコモ度2
・2ステップ値が1.1に達しない。
他覚的に見ても日常生活に支障が出ているレベル

3.ロコモの対処法

ロコモの予防や改善のための運動については、筋力、バランス能力、柔軟性、持久力の維持・改善が重要であるが、どのような運動であれ、とにかく対象者の運動習慣を保つことが最大のロコモ対策と考えられている。ロコモ状態が進行すれば、理学療法士・健康運動指導士等の確実な指導の下に行う運動療法介入も必要となる(ただし、もともと関節や脊柱などに障害があったり、脳血管障害などによる運動障害が認められる場合は、特別のプログラムを考慮するなどの工夫が必要となる)。

2009年、日本整形外科学会は、特に筋力とバランス能力を高めることを目的としたロコモーショントレーニング(以下「ロコトレ」という。)を発表した。これは下肢筋力を高めるための「スクワット」と、バランス能力を高めるための「開眼片脚立ち(開眼片脚起立)」を主とするものである。また、「ロコモパンフレット2013年度版」には、ロコトレに加えると効果(下腿三頭筋強化)が高まる運動として、カーフレイズ(踵上げ)運動とフロントランジ(脚の踏み出し)運動が追加紹介されている。

4.刑務所におけるロコモ対策

刑務所における医療は、社会一般の医療の水準に照らし、適切な医療上の措置を講じることと規定されており、昨今の受刑者の高齢化の現状等を反映し、理学療法士や健康運動指導士等の配置が進められている。刑務所の中で、適切にロコモ予防を講ずることができる体制が調いつつある。

刑務所では、収容開始時のほか、定期及び必要時に健康診断を実施していることから、ロコモ予防対象者の選定を適切に行うことが可能である。また、法律により、毎日、戸外運動を実施する機会が付与されていることから、この際にロコトレを実施することもできる。

しかし、これらに係る医療上の措置を指示する常勤医師が絶対的に不足している。ロコモ対策に通じた医師の確保がどうしても必要なのである。

5.おわりに

まとめ

超高齢社会を迎えた我が国では、高齢者が自立した生活活動を確保し、生活の質(QOL:精神的、社会的活動を含めた総合的な活力、生きがい、満足度を意味する。)の維持・増進、健康寿命の延進、ひいては、その結果として医療費を含む社会保障費の抑制が課題である。「平成27年度高齢化の状況及び高齢社会対策の実施状況」等によれば、平成25年度における社会保障給付費は、110兆6,566億円であり、過去最高の水準で推移し、そのうち高齢者関係給付費は75兆6,422億円、社会保障の給付費に占める割合は68.4%とされている。

ところで、「平成25年厚生労働省国民生活基礎調査」によれば、高齢者が要介護となる原因の第4位が「骨折・転倒」の11.8%、第5位が「関節疾患」の10.9%であるが、これらの運動器疾患を合計すると、第1位の「脳血管疾患(脳卒中)」の18.5%を上回っている。これらを見ても、運動器の機能低下を抑制し要介護状態に至らないよう全国の医療機関等においてロコモ予防対策を広く浸透させることが喫緊の課題といえる。

一方、刑務所は、その設置目的から、受刑者の刑の執行及び円滑に社会復帰させる責務を負っており、受刑者の高齢化を鑑みれば、一般社会同様の高齢化対策が不可欠であることに議論の余地はない。

また、刑務所では、受刑者を一定の管理の下で処遇する体制がとられていることから、比較的円滑、かつ、計画的にロコモ予防対策を導入、実施することができると思われる。その結果、一般社会でのロコモ予防対策よりも、更なる効果が期待できるため、その実現が円滑な社会復帰への支援、出所後の社会保障費の抑制といった社会貢献につながるのではないかと考えられる。

最終更新(2017/07/14)

<執筆者>

社会福祉法人かがわ総合リハビテーション事業団
ロコモティブシンドローム対策室長
香川 茂雄

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香川 茂雄

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