記事・インタビュー
福岡徳洲会病院
院長
海江田 令次
「医師は労働者か」という議論が、相次ぐ医師の過労死事件そして政府の「働き方改革」の推進とともに湧き起こっている。医師を一般の労働者と同等と認め、労働基準法に則って長時間勤務から解放すれば、現在の病院勤務医の25%に相当する約4万人の医師がいなくなったと同等の人員不足を招くと予測されている。医師不足を、外国人医師の雇用や特定看護師の業務を広げることで解決できるのだろうか。これまでと同等の医療が国民に提供できるかどうか、医療者側だけでなく医療サービスを受ける国民の側も巻き込んで真剣に議論すべき時が来ている。
著者は病院勤務の麻酔科医そして管理者として働いてきた。外食や行楽に出かけた先に家族を残して病院へ帰ったり、帰宅途中や帰宅直後にまた仕事に戻るなどは、日常茶飯の生活であった。「応召義務」が法律で定められていることなどは知らなくても、常に呼び出しがあればそれに応じて働くことが当たり前の医師生活であった。これからの若い医師が、我々のような経験をせずに済むことは誠に喜ばしい。
常に待機をしている生活の中で、読書は楽しみの一つであった。中断されても、改めてまた読み返すことができ、他人を煩わせず、場所を選ばないからである。どんなジャンルでもかまわない乱読だが、司馬遼太郎の作品はほとんど読んでしまった。司馬遼太郎の作品の中に医師が主人公として登場する小説がある。『花神』はその一つで田舎の医師の村田蔵六(大村益次郎)の生涯が取り上げられている。西洋式の軍隊を取り入れるための整備など長州藩の執務を終え、20㎞近く歩いて自宅に戻った後、休みもせずに地域の農民のための膏薬や葛根湯をせっせと作っていたらしい。司馬遼太郎は地域で働く医師の姿としてこのエピソードを取り上げたのであろう。村田蔵六は、家業だからとか、患者のためだからなどとは無頓着に日常生活として受け入れていたようだ。患者と向き合って診察をしていないとき、患者を待つ間の医師のあるべき姿は変わらないようです。
最近、勤務医の勤務時間調査が行われたそうです。それによると、実際に診療に関わっていない時間、すなわち待ち時間が多いとされています。診療科、患者数、地域による特殊性があるのでこれをにわかに信じることはできません。しかし、厚生労働省はこの調査により医師が役割分担(タスクシフティング)や、共同作業(タスクシェアリング)して効率よく働けば勤務時間の短縮ができると判断しているかもしれません。私は診療の実働時間だけでなく、いつ発生するかも分からない、「次の患者さん」への準備時間や待ち時間も評価してもらいたいと思います。
内科教科書の新版が出ると必ず購入し、旧版のどこが改訂されたかを比較して勉強されている内科医。学会で必ず特別講演を聴講されている退職された元大学教授。新しい知識を得ることは、次に出会う患者さんに良い医療を提供する準備時間です。この準備がある医師が、質の良い医療を提供できると信じています。外科医の技術も、常に診療を続けている医師と滅多に執刀しない医師では安全性や予後に当然差が出てきます。医療費をアウトカムから評価するペイ・フォー・パフォーマンス(P4P)となると、より濃密な勤務が必要となると予想されますが、結局は、自己研鑽や健康管理などを含めた勤務時間外の医師の過ごし方によって成績の差が生じるのではないでしょうか。
病院勤務医として長年過ごしてきました。勤務医はカンファレンスや症例検討、抄読会などの準備、医療安全などの各種委員会、研修医の教育など診療以外の時間も多い職場です。自分の時間がない、収入と仕事が見合わないという不満を訴え開業する同僚もいました。しかし、病院ならではの喜びもあります。多くの仲間と協力して重症の方を助けたときの喜びは金銭には換えられません。病院でなければできない診療行為もたくさんあります。病院勤務医が希望をもってその職務を続けられる制度改革を、是非我々医師の力で果たしたいと思いませんか。
かいえだ・れいじ
1977年山口大学卒業。社会保険小倉記念病院、下関市立中央病院(現・下関市立市民病院)を経て米国アイオワ大学に留学、山口大学医学部附属病院麻酔科講師から福岡徳洲会病院に入職。2007年より現職。麻酔科専門医・指導医、外国医師臨床修練指導医。
※ドクターズマガジン2018年4月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
海江田 令次
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