記事・インタビュー

2019.05.01

外務省医務官として働く(2)

外務省 診療所長 仲本 光一
外務省 福利厚生室 上席専門官 猪瀬 崇徳

診療所長室にて。左より仲本,猪瀬。診療所長室にて。左より仲本,猪瀬。

本稿は所属する組織から資料提供を受けていますが,基本的には個人の見解です。
また当記事は2019年4月に執筆された記事であり、現在仲本氏は退職しております。

1. はじめに

前回 外務省医務官として働く(1) ,外務省医務官についての基本的な業務を紹介させていただきました。海外の医師資格を有しているわけではないために,その行動には制限がある,ということを述べましたが,一方で,そのルールの範囲内に無限の可能性を秘めているという一面もあります。本稿では,今後医務官にとってますます重要になると思われる任務や,任地の医務官の様々な活動事例について紹介していきたいと思います。

2. 新興・再興感染症への対応

海外在留邦人向けの感染症に関する講演会海外在留邦人向けの感染症に関する講演会に医務官も出席し,現地で収集した情報に基づいて質疑に応じた。

近年の世界規模での経済発展や,航空機による迅速な移動に伴い,かつては局所に留まっていた疾患が,急激に全世界に拡大し,大流行を起こすという危険性が高まってきています。また,三大感染症とも称されるHIV感染症/AIDS,結核,マラリアは途上国を中心に今なお猛威を振るっており,そうした感染症蔓延国においては,それらへの対応は医務官にとって重要な任務です。正確で迅速な情報が公式に発表される国ばかりではありませんので,特に感染症高リスク地域に勤務する医務官は,現地メディア,政府関係者,医療関係者,WHOなどの国際的機関と随時コンタクトをとりながら,常に情報収集に努めています。こうした情報は,在留邦人や「たびレジ」文献1 に登録された旅行者などにメール等でアナウンスするとともに,外務省ウェブサイト内「海外安全ホームページ」文献2 として,広く一般に公開されています。医務官が現地で収集したこうした情報は,厚生労働省等,日本国内の関係省庁にも報告共有されています。さらに,感染症の不安が高まった地域においては,在留邦人等に向けて医療講演を行うなど,適切な情報提供や注意喚起を行うよう努めています。

3. 外務省の主たる任務への医務官の関わり

外務省設置法の第三条に,その任務が「外務省は、平和で安全な国際社会の維持に寄与するとともに主体的かつ積極的な取組を通じて良好な国際環境の整備を図ること並びに調和ある対外関係を維持し発展させつつ、国際社会における日本国及び日本国民の利益の増進を図ることを任務とする」と規定されています。すなわち,外交および日本国民の利益増進が柱となっており,具体的につかさどる事務として第四条の九に「海外における邦人の生命及び身体の保護その他の安全に関すること」と書かれており,この邦人援護については,領事と連携し,医務官が医療面について支援することが求められています。

自衛隊による,大規模災害等を想定した患者搬送訓練自衛隊による,大規模災害等を想定した患者搬送訓練に外務省医務官も参加した。これらの訓練は,ERTの活動などに生かされることになる。

外務省では,2013年1月のアルジェリアにおける邦人が巻き込まれたテロ事件を受け,同年8月に,海外におけるテロや大規模災害発生時に迅速に邦人援護に対応するための海外緊急展開チーム(Emergency Response Team; ERT)を設置しました。こうした支援における医務官の役割は重要であり,2016年3月から医務官もチームに参加することとなっています。海外に渡航したり在留する日本人は年々増加しており,日本政府観光局の統計によると2018年には1,895万人が海外に渡航しています。外務省の最新の統計では,長期滞在者,永住者を含めた,海外在留邦人数は135万人を数えています(2017年10月1日時点)。また,近年,世界的にテロの発生も増加しており,邦人が巻き込まれるリスクも高くなっているため,緊急事態へ備えることは非常に重要となっています。

4. 医務官のための各種研修

海外に出たあとも医師として業務に従事することになりますが,やはり臨床の第一線にいた時のように,常に最新の医療の知識や技術に触れていることはかなわなくなってしまいます。また,日本ではある程度自分の専門領域の中で仕事をしていればよい部分がありますが,前回述べましたように,在外公館では,ほとんどの場合ただ一人の医師として幅広い医療の問題に対応することになります。そこで,医務官のために研修の機会を設けており,今後も一層の充実を目指しています 表1

5. 基本的業務を超えた様々な取り組み

今まで述べてきましたとおり,外務省医務官の仕事は,基本的には在外公館の内側に向いたものが多く,いわゆる現地社会に深く足を踏み入れ,地域に根付いた国際貢献を行う,というものではありません。しかしながら,基本的な仕事をきちんとこなした上で,きちんと許可をとることで,現地医療者等と連携したNPO法人に参加したり,現地特有の疾患等を調査する研究に加わることも可能です。直接的に参加しない場合でも,現地で活動する医療関連NPO/NGO法人と密接な連携をとり,情報の交換や間接的な支援を行う場面は数多く,こうした活動は日本ではなかなか味わえない,医務官ならではの貴重な経験となるでしょう。

例えば,精神医療の未発達な国において,現地精神科医療の指導や診療の支援を行う活動を行ったり,日本の研究者,現地の大学と連携した感染症対策のための疫学調査への協力を行っている医務官も存在します。楽器や武道などの特技を生かし,プライベートな活動として現地の子どもたちと交流するような機会も,医務官としての喜びの一つです。

ミャンマーの児童養育施設や僧院学校などで定期的にミニコンサートを開催休日のプライベートな時間を使って,ミャンマーの児童養育施設や僧院学校などで定期的にミニコンサートを開催した。初めて楽器をみる子どもたちも多く,実際に手に触れてもらった。
ご質問・お問い合わせはこちら

(参考)
››› 外務省医療職公募ページ
››› 外務省「世界の医療事情」

(文献)
1 たびレジ/オンライン在留届
2 外務省「海外安全ホームページ」

表1.医務官研修内容

○国内研修
総合診療研修(千葉大学医学部付属病院)2日間のプライマリーケア研修
マラリア研修(国立国際医療研究センター)1日のマラリア研修
救急医学研修(自治医科大学)2週間の救急医学研修
精神科救急研修(千葉県精神科医療センター)10日間の精神科救急症例の研修
結核研修(結核研究所)4日間の結核対策研修
その他,自衛隊中央病院,九州大学法医学教室に於いて,休暇中に参加可能な研修あり。

○海外研修
タイ・マヒドン大学 5日間のマラリア研修
国際旅行医学会 数日間の学会参加

<執筆者プロフィール>

仲本 光一

仲本 光一(なかもと・こういち)
外務省 診療所長

弘前大学医学部卒業。医学博士。横浜市立大学第二外科学教室に入局し,外科医として神奈川県内の公立病院で勤務。1992年外務省に入省し、ミャンマー、インドネシア、外務本省、インド、アメリカ合衆国(ニューヨーク)、タンザニア、カナダの日本国大使館・総領事館に医務官として勤務。2014年5月より現職。
ニューヨーク在勤中に邦人医療支援ネットワーク(ジャムズネット)の立ち上げに参画、その後、ジャムズネット東京、カナダ、アジア、ドイツの設立にも参画。2002年に第1回川口賞(外務大臣賞),第7回多文化間精神科医学会学会賞,2007年米国日本人医師会功労賞を受賞。

猪瀬 崇徳

猪瀬 崇徳(いのせ・たかのり)
外務省 福利厚生室 上席専門官

群馬大学医学部卒業。医学博士。群馬大学第一外科(現・総合外科)および関連病院で消化器外科医としての研鑽を積む。2014年4月に外務省に入省し,在イエメン日本国大使館,在ミャンマー日本国大使館での勤務を経て,2018年3月より現職。

バックナンバー

  1. 外務省医務官として働く(1)
  2. 外務省医務官として働く(2)
  3. 外務省医務官として働く(3)

仲本 光一、猪瀬 崇徳

外務省医務官として働く(2)

一覧へ戻る