記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
里見 清一( 著)/新潮社発行
古藤 日子(著)/筑摩書房発行
梶原 阿貴( 著)/ブックマン社発行
半年に一度の「つながりはないけど面白かった本」を3冊の回。まずは『患者と目を合わせない医者たち』を。
著者である里見清一医師は1986年東京大学医学部卒業の腫瘍内科医だ。その名は、山崎豊子作の『白い巨塔』で正論を吐きまくり、主人公の財前五郎と対立する内科医・里見脩二の兄、清一に由来する。もちろんペンネームだが、匿名というわけではなくて、ちゃんと本名も所属もオープンにしておられる。長年にわたる週刊新潮での連載エッセイから医学関係のものを抜粋したのがこの本だ。
『偽善の医療』(新潮社)以来、ほとんどの著作を読んでいるが、やたらと納得できる。その論調をかなり極端と捉える人もおられるかもしれないが、いつも、突き詰めて考えたらそうならざるをえんわなぁと納得しながらの読書である。というか、こういう結論に至らない人は、情報が足りないか、考えが甘いか、現実を見たくないのではないかという気までする。お目にかかったことはないのであるが、一方的に気が合いますなと思い続けている先生だ。
「患者の非常識、医者の非常識」、「すっきりしないのは浮世の常」、「若手医師たちに覚える不安と疑念」、「タダほど嬉しいものはなし、タダより高いものはなし」、「『理想の死』という虚構」という章立てから、おおよその内容が想像できるだろうか。
「結びに代えて」は、「臨床研究を通して、治療効果を損ねることなくコストを削減し、もって治療の価値(value)を高め、医療を持続可能なものにしていくことを目的」とした「SATOMI臨床研究プロジェクト」の紹介で、さらに「我が国の保険医療制度について」と「財政破綻したらどうなるか」という二つの付録があって、読み応え抜群。3カ月前に紹介した『現代日本の医療問題』(星海社新書)と並んで、全医療人必読の書と位置付けたい。
2冊目は産総研の研究者、古ことう藤日あきこ子さんの『ぼっちのアリは死ぬ--昆虫研究の最前線』を。もともとはショウジョウバエを用いて細胞死の研究をしていた古藤さんだが、生物の「社会性」に興味を持って、アリの研究へとテーマを変える。それも生態学ではなくて、「その生命現象を遺伝子にむすびつけ、細胞を覗き込んで理解したい」というのがモチベーションというからとってもユニーク。
この本には、最先端の研究技法を用いた成果がてんこ盛りだ。アリの生活について概説された後で紹介されるのは行動解析システムである。アリの胸に小さな二次元コードを貼り付けて、それぞれのアリの行動を長期間にわたって自動的に記録・解析することができるとは時代である。
10匹で飼育すると1日以内に仕事を分担して働くようになる。それに対し、孤立させたアリは巣の周囲をウロウロと動き回るだけで、なんと死んでしまう。どうやら食物の消化が悪くなってしまうらしい。次に行われたのは「トランスクリプトーム解析--孤立アリの遺伝子発現がどうなっているかの網羅的な解析--」で、活性酸素がたくさん作られて酸化ストレスが生じるのが原因だろうということが分かる。
さらに解析が進められ、どうやら孤立アリの「壁際に長く滞在してしまうすみっこ行動」が「個体寿命短縮を加速する負の方向の変化」であると結論づけられる。一方のグループアリたちは「社会や仲間で生きることのプラスの効果」を示しているのではないかという。もちろん、これはアリの話であって、人間にあてはまるわけではないことには注意が必要だ。けど、なんかちょっと恐ろしいやないの。
最後の本は迷いに迷うので候補作をだらだら書くと、小川洋子さん6年ぶりの小説『サイレントシンガー』(文藝春秋)、むっちゃおもろい研究者・岡ノ谷一夫先生の『人間の心が分からなかった俺が、動物心理学者になるまで』(新潮社)、他にも『深海の闇の奥へ--生物発光に魅せられた海洋学者の冒険』(紀伊國屋書店)、『黒部源流 山小屋料理人』(山と渓谷社)、『生きてりゃいいさ 河島英五伝』(西日本出版社)などなど。
これらを抑えての一冊は、連続企業爆破事件に関与したとして指名手配されていた父を持った脚本家・梶原阿貴さんの『爆弾犯の娘』を。圧巻なのは、彼女が生まれた1973年から1985年までの「逃亡生活」の記録だ。見つかったら逮捕される父と池袋で暮らす信じられないようなリアル逃亡生活。ノンフィクションってホンマにすごい、という感想以外ありませんわ。
われながら乱読が過ぎますかね。でも、おもろい本がいっぱいありすぎて大変ですわ、うれしいけど。ほな。
今月の押し売り本

今月の押し売り本

今月の押し売り本

仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2026年1月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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