記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
デヴィッド・ワイル(原著)、小田嶋由美子(翻訳)、仲野徹(監修)/みすず書房発行
オリヴァー・ サックス(著)、大田 直子(翻訳)/早川書房発行
ヘンリー・マーシュ(著)、栗木 さつき(翻訳)/NHK出版発行
ありがたいことに、あちこちから書評や本の解説の仕事をちょうだいいたします。よほどのことがない限りお受けするのですが、時には、「あっちゃぁ、引き受けるんやなかった」っちゅうような褒めにくい本もあります。逆に、どうやって褒めるか難しそうやと逡巡してたけど、ゲラを読んだらびっくりするほどおもろかったっちゅうのもあります。今回は後者、『呼吸を取り戻せ——肺移植がもたらす奇跡と悲劇』を。
てっきり著者は呼吸器外科医だと思ったのだが、違う。自らは手術を行うことなく、外科医を含む肺移植チームを率い、運営全てに責任を持つ立場の移植医(Transplant Doctor)、スタンフォード大学で「奇跡を起こす人」とまでたたえられたデヴィッド・ワイルの半生記である。「専門の医療チーム」、「経験豊富な外科チーム」、「献身的な病院経営陣」の全てをうまく運営しながら、「一日に100の決断を要求する」のが役割だという。米国の肺移植は、人口の違いを考慮しても日本より10倍以上多い。また、肺移植の優先順位付けの方法も異なっていて、適応の判断は移植医の判断にある程度委ねられ、時にはチャレンジングな移植に挑むこともある。命を巡って「神の領域」であるような判断を強いられることまであるとは、なんとタフな仕事なのだろう。また、肺移植のような高度先進医療の成績が上がれば病院経営に大きく寄与する。しかし、うまくいかなくなると保険会社からの認定すら取り消されてしまう。米国の医療制度はまったくの資本主義だ。
移植医を「世界で最高の仕事」で「完璧な目的達成手段」と考えていたという超マッチョなエリート医師だった。一方で、泣いてはいけないと考えながらも患者の死に涙してしまう心優しき医師でもあった。スタンフォード大学の肺移植チームを一流に育て上げたが、病院での人間関係やストレス、さらには倫理的なことに悩み、PTSD(心的外傷後ストレス障害)からリタイアを余儀なくされる。
原題の『Exhale』は「息を吐く」という意味だが、「安堵の息をつく」というニュアンスもある。邦題をどうするかにはずいぶん悩まれたようだが、『呼吸を取り戻せ』にも二つの意味が込められている。一つはもちろん患者に呼吸を取り戻させるという意味。もう一つは、ワイル医師がキリスト教に入信してPTSDから立ち直り、自分自身の呼吸を取り戻したという意味だ。命や医療について本当にいろいろなことを考えさせられる一冊、一人でも多くの医師、いや、一人でも多くの人に読んでもらいたい。と考えてはいたものの、4000円以上もするし難しそうだ。けれど、思ってもみなかったことに、『選べなかった命—出生前診断の誤診で生まれた子』(文藝春秋)などの著作がある医療倫理に詳しいノンフィクション作家・河合香織さんが「移植医が見た生と死の現場」と題して、これ以上ないとう書評を書いてくださった(日本経済新聞 令和7年9月13日付)。それでもアマゾンの順位は上がらんだろうと思ったのだが、なんと1000位近くまで上昇! 驚くと同時にとてもうれしかった。間違いなく、それ以上のポテンシャルを持った本である。監修と解説をしたからというのではなく、ぜひお読みいただきたい。
ちょっと力が入りすぎて残り文字数が少なくなってしまいました。スンマセン。あと二冊も名医の自伝を。一冊は、ロバート・デ・ニーロとロビン・ウィリアムズが主演したあの名画『レナードの朝』の原作者オリヴァー・サックスの『道程』を。これは驚愕の内容だった。何冊ものサックス作品を読んだ印象から、さぞかしすごい共感力を持つ医師だったろうと思っていたのに、実際は真逆で、だからこそ客観的な観察や考察ができたという。もう一つ、薬物中毒でホモセクシュアルであったとのカミングアウトにも腰が抜けた。
もう一冊は、以前に『残された時間——脳外科医マーシュ、がんと生きる』(みすず書房)を紹介したヘンリー・マーシュの『脳外科医マーシュの告白』。回り道をして医師になった経緯、そして医学に対する少しシニカルな態度。伝記的エッセイといったところだが、内容だけでなく、その文章も素晴らしい。
日本ではどうしてこういった著作が少ないんでしょうとChatGPTに尋ねてみたら、「リベラルアーツ教育の不足」と言われてしもた。確かにそうかもしれませんなぁ。いろんなことをAIがやってくれるようになる時代、医学教育もそのあたりを考え直していかんとあきませんわ。
今月の押し売り本

今月の押し売り本

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仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2025年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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