記事・インタビュー

2026.02.16

【Doctor’s Opinion】日本の乳腺領域の診療について

医療法人鉄蕉会 亀田総合病院 乳腺科 主任部長

福間 英祐

日本の乳腺診療を取り巻く環境は、今後どのように変化していくのでしょうか。多くの方が既に感じておられる流れを整理しつつ、私見を述べたいと思います。まずは厳しい現実、いわば“Bad News”から触れます。
日本の生産年齢人口は今後加速度的に減少し、それに支えられてきた財政基盤も転換点を迎えます。財政に占める医療費の割合は高く、がん医療費もしばらく増加傾向が続くと見られます。乳がんは女性のがんの約22%を占め、近未来でも最多のがんであり続けます。日本における乳がん医療費の統計はありませんが、米国では2020年のがん医療費の14%を乳がんが占め、最も費用のかかるがんとされています。2030年にはがん医療費全体が2460億ドルに増加すると見込まれ、乳がんは引き続き主要な費用要因です。高額な分子標的治療や免疫療法の普及は恩恵と同時に、医療の持続可能性に新たな課題を投げかけています。
さらに、乳腺外科医を取り巻く労働環境も厳しさを増しています。日本の人口当たりの医師数はOECD平均を下回り、加えて2024年に導入された時間外労働の上限規制により、より多くの医師が必要とされる状況です。しかし外科志望者の減少や、日本乳癌学会会員数の減少傾向を踏まえると、労働参加医師が急に増えるとは考えにくく、診療体制と人材確保の逼ひっぱく迫はさらに顕在化するでしょう。
一方で、明るい未来につながる“Good News”もあります。第1に、0期・I期乳がんが全体の60%を占め、Luminal A(ルミナールA)乳がんの比率も増加しています。第2に、分子標的治療や免疫療法の発展に加え、日本発の内視鏡手術、ラジオ波や凍結療法の進歩、そしてRFAの保険収載など治療選択肢が確実に広がっています。再生医療関連法の整備により、脂肪注入など乳房再建の選択肢も豊富になってきました。第3に、実臨床で使える遺伝子検査やバイオマーカーが増え、診断・治療・予防の精度向上が期待できます。
そして第4に、AIの医療現場への本格的な導入が進んでいます。AIは画像診断支援だけでなく、乳がん発症リスクの層別化、治療反応性の予測、症例ごとの治療最適化など、多層的な役割を担う時代が到来しつつあります。特に発症リスクの高い層に対し、より精密で個別化された検診プログラムを提供することは、早期発見率、特に悪性度の高い乳がんの発見率の向上に直結する可能性があります。また、患者自身がAIを活用し、自らの病状や治療選択肢を深く理解できる時代となり、Informed ConsentはShared Decision Making へ、そしてAIを含めた『四者協働型医療』(医師・スタッフ・患者・AI)へと進化していくのではないかと予想されます。さらに、治療状況に応じて変化する患者のDigital Twinの開発も進むと予測され、治療計画の高度化に寄与すると考えられます。
これらBad& Good Newsを踏まえ、将来への提案を4つ述べたいと思います。第1は、乳がんの早期発見率向上です。日本の検診率向上は必須ですが、欧米でさえ0期乳がんの発見率は横ばいであることを考えると、AIによるリスク層別化を組み合わせ、ハイリスク層にはHBOCで行われているような密度の高い検診を適用できる枠組みが必要でしょう。第2は、早期乳がんに対応する低侵襲な局所療法の開発・普及です。例えば0期乳がんに対する非切除凍結療法は、日帰り可能で、低コストかつ省力的な治療として期待されます。第3は、乳がん治療施設の集約化です。Oncoplastic Breast Surgery、内視鏡、ロボット支援下手術、再建術、薬物療法、他科(呼吸器内科、眼科、歯科など)連携まで高度化した現代の乳がん医療を安全に提供するには、専門施設への集約化がより一層求められ、地域内での連携強化は重要となると思います。
さらにAI時代の医師・スタッフ・患者の関係性を再定義することも重要だと感じています。AIを「脅威」ではなく「協働者」と捉え、治療方針の共有、生活指導、治療経過のモニタリングまで、AIと共に支える時代を迎えるのではないでしょうか。
最後に、最も医療費の安く済む方法は0期乳がんに対する手術治療だと思います。手術はなくなりません。高度化する医療の中でも、多能工的な乳腺外科医の果たす役割は決して小さくありません。これからの時代も、私たちは乳がん医療の未来を支える重要な存在であり続けると信じています。

福間 英祐  ふくま・えいすけ

1979年岩手医科大学卒業、聖路加国際病院での外科研修を経て、帝京大学溝口病院へ。1988年メルボルン大学外科に留学、2000年より亀田総合病院外科部長、2006年より同院乳腺科部長、2011年より同院乳腺科主任部長。日本で初めて乳がん凍結療法を導入し、乳がんの低侵襲治療を推進してきた。2021年5月号「ドクターの肖像」に登場。

※ドクターズマガジン2026年1月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

福間 英祐

【Doctor’s Opinion】日本の乳腺領域の診療について

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