記事・インタビュー
福井大学医学部附属病院 救急科・総合診療部 教授
林 寛之
皆さん、救急外来は「患者さんの駆け込み寺」だと感じたことはありませんか?私たち救急医のもとには、日々「不安と混乱のバラエティパック状態」の患者さんがやってきます。特に超高齢社会の到来とともに、救急搬送される高齢患者さん、そしてとにかく不安ということで来院される方が急増しています。そんな現場では、医師のコミュニケーション術が武器になります。
1. 共感力を鍛える
救急外来に来る患者さんの多くは、医学的知識がありません。症状を正確に伝えられず、「何となく不調」「胸が何となく気持ち悪い」と言うこともしばしば。でも、実はこの「伝えられなさ」そのものが、患者さんの不安を増幅させています。ここで重要なのは「言葉にならない気持ち」を受け止めること。さらに認知的共感・感情的共感を意識してコミュニケーションをとることです。
感情的共感は患者満足度が上がるだけでなく、医者のバーンアウトも減るという一挙両得な必殺技なんです(あ、殺しちゃだめだけど)。「病気だけを診ないで、人を診る」・・・その患者さんの周辺事情、心理社会的側面も掘り下げることが重要です。老老介護、高齢独居、90 -60問題などさまざまな事情を抱えていることを理解して初めて見えてくるものがあります。一方、患者さんとは俯ふ かん 瞰して臨むのが肝要で、感情に流されてはプロとは言えません(自分に酔ってはいけません)。診察にかけた時間と患者満足度は必ずしも一致しないのです。ただし病歴をすっ飛ばさないといけない病態(心筋梗塞やくも膜下出血など)があるのも事実。ましてや緊急性のある病態なのに「聞かせてください」と患者さんの大切な時間を奪うのは言語道断(テレビドラマ『19番目のカルテ』の第1話はひやひやしました・・・(笑))。やはりメリハリが大事なんですね。
認知的共感は患者さんの心理社会的な生活背景から診断の糸口が見つかるもので、実は診断能力を爆あげするものなんです。忙しい救急外来でそんなことはできない? いやいや、主訴から鑑別診断をしっかり挙げて聞き出す場合は、それほど時間がかからないものです。むしろ検査のじゅうたん爆撃こそ、時間と医療費の浪費に過ぎません。検査だけして、とりあえず「末梢性めまい」や「心筋梗塞ではない」 .「緊急性はないです」というのは診断とは呼べません。
また患者さんの言葉をうのみにしないことも大事で、「冷房は使っている」と言っても、正しく使っているわけではなく(設定温度が30℃、窓は開放、1日に2時間のみ使用など)、「きちんと肉は食べている」と言っても、本当は食べていない(歯が悪いから実は肉は食べず、炭水化物ばかり食べて脚気になっていた)ことも日常茶飯事です。患者さんの常識は決して我々の常識ではありません。まるで再現フィルムを作るように病歴を聞くのがこのギャップを埋める最良の方策です。そうすれば、『19番目のカルテ』のようにバックグラウンドミュージックが流れて、走馬灯のように回想シーンが見えてくるのです(もし本当に見えたら、幻聴・幻視かもしれません、テヘペロ)。
2. 患者さんは話を聞いてくれる医者にしか話さない
医者と患者の関係は必ずしも対等ではなく、遠慮がちな患者さんが多いのも事実です。だからこそ患者さんが話しやすい雰囲気をそこはかとなく醸し出すのが医者の役目なのです。能面のような表情の医者には患者さんは本音を話しません。患者さんの言葉の機微や表情をくみ取って、まるで売れっ子のお笑い芸人のようにリアクションをとれるようになれば、患者さんも自由に話ができます。患者さんの性格や職業によって医者が話し方を変え、ミラーリングするのは必須のテクニックです。また「患者さんの話は医学的に間違っていてもいい」と割り切りましょう。「それは違いますよ」と話の腰を折ったのではもう話してくれなくなります。
コミュニケーションを円滑にする必殺「Dr・林の3K」を伝授しましょう。これをマスターすれば、彼(彼女)とのコミュニケーションも抜群に改善されること必至!
救急総合診療は「人間力×医学力×柔軟性」で勝負する領域です。診断・治療の技術だけでなく、コミュニケーション力を芸術の域まで高める努力を惜しまないでください。患者さんの目を見て優しく笑顔で話し、うなずき、適度なユーモアを交えて場を和ませる、そんな温かさが患者にも医者にも癒やしとなります。救急総合診療で「萌える」体験を是非積み重ねてください。

林 寛之 はやし・ひろゆき
1986年自治医科大学卒業。1991年カナダトロント総合病院救急部臨床研修、1993年から僻地医療を経て1997年福井県立病院救命救急センター勤務。医長を経て2011年4月より現職。2022年9月号「ドクターの肖像」に登場。
※ドクターズマガジン2025年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
林 寛之
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