記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
金井 真紀(著)/晶文社発行
高野 秀行(著)、森 清(写真)/講談社発行
タミム・アンサーリー(著)、小沢千重子(翻訳)/紀伊國屋書店発行
イランという国にはあまり印象のよろしくない人が多いんとちがいますやろか。けど、わたしは大好き! というのは、10 年ほど前ですけど国際学会に招かれ、その後何日か旅行をしたときの印象が抜群に良かったからです。ルッキズムの観点から、最近はこういうことを言うたらあかんかもしらんけど、やたらと美人が多かったし。ということで、一冊目は『テヘランのすてきな女』を。「イランに女子相撲があってね、いつか見に行きたいと思ってて」と、著者の金井真紀さんが編集者さんにつぶやいた一言が実現してできた本である。ちょっとユニークなイラストレーターにして文筆家でもある金井さんは、和田靜香さんとの共著で『世界のおすもうさん』(岩波書店)という本を出しておられるほどの相撲好きだ。イランで相撲を取るという案も出たが、体制に抗議する「反スカーフデモ」のあったころで、相撲など取っている場合ではなかろうということで作られたのが、このインタビュー&スケッチ集である。
取材の旅は、まぁ何というか行き当たりばったりで、インタビューを受ける女性たちの職業も年齢もじつにさまざまだ。なかには、チャドルを身に付けた風紀警察の女性や敬虔なイスラム教徒といった女性も含まれるが、イランのような国で、こういう訳のようわからんインタビューを受けるのだから、体制をよしとしない女性たちが多いのは当然だ。それが面白い。「たたかう女」、「はたらく女」、「スポーツする女」、「居場所をさがす女たち」、「見てきた女」の5章立てで24項目、どの語り手も生き生きとしていて逞しいのだが、なかでもおどろかされたのは「居場所をさがす女たち」である。ここでは、トランスジェンダー、レズビアン、バイセクシャルという3人の性的マイノリティの大学生が登場する。イラン・イスラーム共和国を正式名称とする国だけあって、宗教上の理由から同性愛は御法度だ。それでもインタビューを受けてくれた勇気にはすごいものがある。
「ゲイであることがばれると1回目で死刑」というから怖すぎる。レズビアンの場合はそれほど厳しくはないが、見つかったら「3回目まではむち打ち刑、4回目で死刑」だというから、それでもかなり恐ろしい。なのでLGBTQを貫いて生きるには「外見的な性および戸籍上の性の変更」をせざるを得ず、イランは世界でいちばん性別適合手術が盛んな国なのだという。う~ん、理屈は通っているけど、いまひとつ理解はしにくいなぁ。
金井さん当初の目的(?)が果たされたのは「スポーツする女」にある「女子相撲の女たち」だ。「黒い長袖シャツと黒い10分丈のスパッツで全身を覆い、頭には黒いスカーフを巻き、そのうえでまわしを締め」といういでたちの選手たちと、「建物の敷地ごと男子禁制」の練習場で一緒に稽古をした。なんとイランの女子相撲選手たちは四股を知らんかったというのにはびっくり。あかんやろそれは。それに、「スカーフが外れたら負け」というルールがあるとは、さすがあなどれんなぁ。
イスラム関連でイチオシの本は、アルコールが禁じられているイスラム系の国々で酒を求めてさまよい歩くという、高野秀行さんの『イスラム飲酒紀行』だ。奇矯にもほどがあるが、飲酒は違法とはいえ、だいたい何とかなるらしい。しかし、勇気あるよなぁ。イランに出張したとき、以前日本に住んでいたという人なつっこいイラン人のおじさんに「リスクとってビール飲むか」と尋ねられたけど、即座にお断りした。強制送還されるならまだしも、国内拘留とかになったらどないすんねん。
三冊目はちょっとシリアスに『イスラームから見た「世界史」』を。これは目からウロコの面白さだ。ほとんどの日本人は、西洋的史観を無条件に受け入れてしまっているのではないか。例えば、十字軍というのは、ヨーロッパのキリスト教徒が聖地エルサレムをムスリムから奪還するのが目的であったと正当化されている。しかし、逆の立場から見ると、普通に住んでいる場所に、いきなり遠征軍がやってきたのである。理不尽な厄災としか考えられませんわな。視点を大きく変えて世界史を見つめてみると、ものの見え方が大きく違ってくる。これ、大事とちゃいますやろか。
知る限り、イラン旅行の経験者はみんながイランびいきになるみたいです。行ってみないとわからんもんですわ。今はさすがに行きにくいかもしれませんけど、こういう本を読んで脳みそをゆさぶってみるだけで、ええ経験になりまっせ。
今月の押し売り本

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仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2024年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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