記事・インタビュー

2024.10.24

医療機器プログラム(SaMD)開発物語④ 「アプリ開発における知財戦略のリアル」

案件番号:24-AX005 施設・自治体名称:MPO株式会社

はじめに

民間医局「医療の“あったらいいな”デザイン工房」が紡ぐ開発ストーリーも、はや第4弾。いつも多くの方にご覧頂き、また読後アンケートからご意見も沢山頂き、有難うございます。

さて今回は、「ソフトウェア開発における知財」を取上げます。ここでも第2弾で取上げたSaMD(医療機器プログラム)のみならず、様々なソフトウェアがこれからの医療を変えてゆくことが予想されます。そこで今回、民間医局の会員医師が(まさに今!)取組んでいるアプリ開発を題材に「知財への取組み方」を紐解いてゆければと思いますので、先生方にも身近な問題として読み進めて頂ければ幸いです。申し遅れました。私、事業開発(新企画)の金井真澄と言います。

お話を伺うのは、聖マリアンナ医科大学の循環器内科で講師をされている貝原 俊樹先生と、共に二人三脚でアプリ開発に伴走してきたMPO株式会社の井上 正範社長をお呼びしました。

貝原 俊樹 先生

自治医科大学医学部 卒業(2009年) 循環器専門医,総合内科専門医
東京都立府中病院(現東京都立多摩総合医療センター)で初期研修、東京都立広尾病院を経て、伊豆諸島(新島・式根島)の診療所で所長に。2018年に聖マリアンナ医科大学で助教となり、ハッセルト大学(ベルギー)で2年間の留学を挟み、現在同大で講師を務める。

井上 正範 社長(MPO株式会社 代表取締役社長)

東京大学大学院 新領域創成科学研究科 修士課程修了,MBA,弁理士
国内VC入社後、2011年よりMPO株式会社(聖マリアンナ医科大学指定技術移転機関)で産学連携に従事。2020年4月より代表取締役。同大学発の株式会社細胞応用技術研究所の創業、売却。スタートアップ数社の役員を兼務。

インタビュー

<< アプリ開発の概要 >>

 金井 :ではまず貝原先生に、どんなアプリを開発されているのか…伺いたいと思います。

 貝原先生 :まず私は、出身大学の関係で離島の医療を経験、そこで「予防の重要性」を知りました。患者はすぐに病院に行けませんし、対応するのが主に自分しかいませんからね。そこで、私の専門分野から「心臓リハビリテーション(以下、心リハ)」に着目。これは心臓の病気を治療した患者様が「退院後も再発せぬように行う予防」で、主に食事と運動を管理します。良い状態を保つには大事なのですが、痛くも痒くもないのに頑張らせる…のは難しく、なかなか続きません。これを克服できるアプリを開発しようと思いました。

 金井 :なるほど。ただ万歩計とか、今はウェアラブル+スマホで出来る気がしますが。

 貝原先生 :その通りです。ゲームでポケモンGO等もそうですね。ただ心リハでは、歩けば良いという訳ではありません。やり過ぎては駄目ですし、反面、もの足りないと意欲が続かないので、「良い塩梅」を攻める必要があります。その塩梅を「心拍数」で決めて、最近はウェアラブルで測れるので、常に一定範囲を維持して貰う仕組みが出来るのではないかと。

 金井 :なるほど。そうした介入は、確かに医療的に行わないといけない領域ですね。

 貝原先生 :今までも一定の心拍数は決まっていましたが、それが可視化できなかったので、医師も患者も症状ベースでやっていた。最近その状況が大きく変わりつつあると思います。

 金井 :既存のウェアラブルで取った数値を使い、それを分析するアプリということですね。ちなみにその開発は、今どのような段階にあるのでしょう。

 貝原先生 :開発は一旦完了して、次に患者の声を拾っている所です。実現はできたけれど、実装がこれから…という段階でしょうか。これにより、使われるか/売れるかが決まるので。

 金井 :そこまでの資金は、どのように賄ったのですか。

 貝原先生 :いわゆる「競争的資金」、つまりコンペで勝ち取る公の資金です。ただこれでは全てを賄えず、次が保証されてもいないので、企業と繋がる必要がありますね。

 金井 :なるほど、そこに我が「工房」の出番がありそうです。さて、今日の主題は「知財」なので、それに関するご状況も教えて頂けますか。

<< 知財戦略 >>

 井上社長 :「PCT出願」という海外への出願が終わった段階です。これをすると特許庁が国際調査をしてくれて、新規性,進歩性,産業上の利用可能性について審査官から評価が得られるのですが、これら全部“あり”でした。つまり日本では権利化できる可能性が高いということ。そしてこれから「審査請求」をしますが、その前に「各国移行」、つまりどの国で国内手続きへ移行するかを決めなくてはなりません。それで金額が大きく変わる為、予算との絡みで悩んでいます。

 金井 :ソフトウェアの場合、出願する権利の範囲はどんな風に決めるのですか。

 井上社長 :実は今回、結構広く設定したつもりが、それでも全て権利化できそうと言われているので、さらに権利の範囲を広げることを考えています。

 金井 :そこら辺については、貝原先生はどんな風に思っておられたのですか。

 貝原先生 :私はこれまで特許とは無縁でしたが、SaMDの流れが拡大して今後避けて通れないという意識があり、医局に特許を取得した経験ある上司がいたので挑戦出来たという経緯なので、権利の範囲とか…全く未知の世界でしたね。まず言葉が分からないので。

 金井 :そうすると、井上社長にお任せのような感じですか。

 貝原先生 :いえ、井上社長も弁理士ですが、私のやりたい事を(ビジネスの観点を加えて)翻訳して頂くような役割で、実は実務は、もう1人別の弁理士にお願いしています。

 井上社長 :発明者,ビジネス,特許実務の3者が上手く連動しないと、片手落ちの明細書になってしまうので、私は弁理士の資格を持ちながら、ビジネス面を診る役割を担っています。

 金井 :なるほど。すると2人で別の弁理士を選ぶ訳ですね。

 井上社長 :今回の場合は、貝原先生が海外に居る時に始まっているので、一時帰国された際に弁理士行脚をしました。相性が良さそうな雰囲気の人を選びたいですし、出願にどの程度積極的か、料金体系も大事です。ただ高い安いではなく、出願までの期間で果たしてくれる役割を細かく吟味しましたね。

 貝原先生 :私ひとりでもそれなりに選ぶでしょうが、どんなに噛み合ってなくても(極端な話)騙されていたとしても、分からないと思います。なにしろ言葉が分からないのですから。

 金井 :さて少し話は戻りますが、権利の範囲を記述する際に、ソフトウェアの場合、ハードとは違った難しさがあるように思うのですが、それを言語化するとどうなりますか。

 井上社長 :ハードだと物があるので、それを表現するだけですが、ソフトだと形がなくて、機能も簡単に変えられるので、言葉の重要性は増すと思います。先生のやりたいポイントを捉えて言語化する事が、ソフトでは弁理士により強く求められるのではないでしょうか。

 金井 :なるほど。それから権利の範囲を考える際に、競合についてもお聞きしたいのですが、ソフトだと競合がブロックする権利の範囲も曖昧ですよね。そこはどう考えていますか。

 井上社長 :そうですね。ソフトだと曖昧で、ハードの様に完全に新規なケースは殆ど無くて…だから上手く表現で差別化し、先生のやりたい事も実現する形で特許に落し込める戦略を半年間、かなり練りましたね。微妙な所を突く為に、慎重に言葉を選ぶ必要があるのです。

 金井 :曖昧ということは、主体的に考えると、取得した特許も守り難いということですか。

 井上社長 :守りについて言うと、デジタルヘルスの場合は、アルゴリズムで特許を狙う方が(取り易いので)実際に多いのですが、他社がそれを侵害しているかが分からないのです。だから外見的に(侵害が)分かるような権利の取り方が良いのですが、そうすると医療以外の分野でも使われていたりするので、逆に特許が取り難くなってしまい、難しいのですよ。ただこういう(外見的に分かる)形で取れたら、非常に強い特許になります。

 金井 :だから先のご発言で、権利範囲を広く取ったつもりが実はもっと行けた…というのは、競合があると思っていた所が、実は穴があったりして完全にブロックされてはいなかった…ということなのでしょうか。

 井上社長 :そうですね。デジタルヘルスはまだ歴史が浅いので、手探りの部分が多いのです。全てを事前に調べ上げるのも難しいですし。

 貝原先生 :ちなみにその話は、医師の論文作成にとっての先行文献を調べる時と似ていると思いました。先行する論文があっても必ずしも参考になるとは限らないし、論文が扱う範囲を必要以上に狭める必要もないのかなと。もっと言えば、論文が書かれていても全てが特許化されている訳ではない…という事も、この経験を通じ改めて気づきました。医師は特許に疎いので。

 金井 :なるほど。では、お読み頂いている先生方へのメッセージとしては、デジタルヘルスはまだまだ未開拓の分野ですから、“あったらいいな”を感じた時は、まずは動いてみないと分からないということでしょうか。

 貝原先生 :それは間違いないのですが、医師にとって特許はあまりにも畑違いすぎるので、井上さんのように、弁理士でありながらビジネスサイドに立てる存在がいないと、この挑戦は難しかったと思いますね。

 金井 :今回の企画は、私が工房で“あったらいいな”を集める中に、自身で挑戦したいという先生方もいらっしゃったので、そのパートナーになって頂ける存在がいないか探していて、井上社長に辿り着いたという経緯がありました。やはりそういう存在は必要なのですね。

 貝原先生 :臨床で忙しくて、今まで気づいていたのに、特許にする機会を逸してきたことが、実は沢山あったのではないか…と思ってしまいます。

 金井 :そんな(かつての貝原先生のような)先生方に向けて、送るメッセージは何でしょう。

<< 先生方へのメッセージ >>

 井上社長 :業務多忙が最大の障壁かと思うのですが、そんな中でも相談して頂けたら何とか少しずつでも、前に進められる手はあるかと思います。

 貝原先生 :特許は、医師の本来の職務とは異なる分野です。抱えきれないストレスが生じてしまうので、井上さんのような人を見つけるのがベストだと思います。だからこれをきっかけに、民間医局(工房)⇒MPO(井上さん)へと相談できる流れができるといいですね。

 金井 :医師が自分でやるのは無理!というのは、説得力がありますね。

 貝原先生 :特許は現場で培ったノウハウがモノを言う世界だと感じましたので…。

 金井 :最後に(途中でも出た)費用の話をもう一度聞かせて下さい。今回は公的な「競争的資金」で賄ったとのことでしたが、これは期間に限りがあって、また全ては賄えないので、企業と連携(工房でお手伝い可能)等、次の手を考えなくては…とのお話でした。あるいはクラウドファンディングで繋ぐ場合もあるかと思いますが、他にどんな手がありますか。

 貝原先生 :まず言えるのは、アプリの開発はお金がかかる…ということです。今回もありましたが、出願中でも、OSが変わるとソースコードを手直ししないといけないとか、知財と直接関係のない所で費用が掛かりますから。今回はiPhoneのスマホアプリですが、他でも使えるアプリにすると費用は増えるし、逆にWebアプリだけで抑えることも出来る。このように競争的資金で賄えるのは本当に0⇒1の所だけで、社会実装に必要な金額は桁が違う印象です。だからその先へ行くには企業との連携は必須だと思います。

 井上社長 :途中でも話した通り、私は弁理士でありながらビジネスサイドに立つ役割なので、民間医局を通じて、まずは何なりとご相談頂ければと思います。そこで先生方が実現したいことをビジネス戦略に落し込み、(工房とも連携し)必要資金はしっかり確保して、先生が臨床を続けながらでも知財をご活用できるような、仕組みを創りたいと考えています。

 金井 :そういう意味で井上社長は、弁理士だけでなくMBAをお持ちで、しかもベンチャーキャピタルもご経験されたという点で、医師の発想をビジネス感覚で読み解き、それを知財用語に翻訳して専門家を巻込むことが出来る、稀有なキャリアなのかもしれませんね。

 井上社長 :それと貝原先生の場合、思い付きで始めた訳ではなく、これに懸ける想いを強く感じられた点が大きかったと思います。心に火を点けて頂きましたね。

 貝原先生 :なにせ長丁場ですから…私の場合は循環器内科×デジタルヘルス(デジタル循環器学)の分野を2013年からやっていて1)、本アプリは開発を始めてもう3年。最初は面白そうで始めるのも全然アリだと思いますが、自分の中にブレない芯がないと、途中で色々揺さぶられテンションが落ちてしまいます…最初は分かりませんでしたが。

1) Kaihara T, et al. Home BP monitoring using a telemonitoring system is effective for controlling BP in a remote island in Japan. J Clin Hypertens (Greenwich). 2014;16:814-9.
◆遠隔監視システムによる在宅血圧モニタリングは、日本の離島における血圧制御に有効 – PubMed
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25267008/

 金井 :デジタルヘルスは、誰でもアイデア勝負で製品化できるのが良い点ですが、その反面、今回明らかになった様な難点もある為、(貝原先生の様に)ブレない芯がある先生は、ぜひ着手をご相談ください。途中で撤退もし易い分野なので、検討する価値はあるのでは…と。

以上いかがでしたか?知財の話は、先生方が各診療科で“あったらいいな”を考える際に、常に頭に置いておくと良いと思ったので、取り上げてみました。先生のご専門では、アプリ開発がどう医療に役立ちそうですか?

さて民間医局「医療の“あったらいいな”デザイン工房」では、この記事を読んだ感想やご意見等をお寄せ頂きたいと思いますので、ぜひ以下のアンケートにお答え下さいませ。

 

アンケートはこちらから

尚、ご回答頂いた先生は「デザイン工房のパートナー医師」と認識させて頂き、今後、先生方の臨床課題に関心ある企業から、私が受託する(謝礼付き)調査・共同開発等を、次々と打診させて頂こうと思いますので、どうかお楽しみに!

 

メディカル・プリンシプル社 事業開発 金井真澄

医療機器プログラム(SaMD)開発物語④ 「アプリ開発における知財戦略のリアル」

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