記事・インタビュー
2024年4月、「医師の働き方改革」がスタートし、医師の時間外労働の上限規制が適用されます。医療機関では医師の労働時間を管理し、過重労働とならないような取り組みが求められます。
本特集ではさまざまな工夫とアイデアで、医師の勤務環境をうまく変化させた全国の医療機関をご紹介し、「医師の働き方改革」への対応のヒントをお伝えできればと思います。
今回は愛媛県の四国中央市で先進的な取り組みを行う、社会医療法人石川記念会 HITO病院の事例をご紹介します。2013年に当時の石川病院からHITO病院に名称変更し、2017年からは「未来創出HITOプロジェクト」として病院内の働き方も含めた改革を進めた同院。「人口減少が起きるのは明らかだった」と語る石川理事長を中心に、色々なお話を伺いました。
<お話を伺った方>
社会医療法人石川記念会 HITO病院
理事長 石川賀代 先生
社会医療法人石川記念会 HITO病院
副院長、消化器外科部長 園田幸生 先生
社会医療法人石川記念会 HITO病院
総合診療科医長 五十野桃子 先生
Q. 様々な先進的な取り組みがされていますが、そのきっかけは何だったのでしょうか?
当院が所在する愛媛県東部は、人口減少・高齢化の進行が明らかで、特に生産年齢人口の減少に対する強い危機感がありました。その中で医療の質を維持していくためには、業務効率化を図り生産性を向上すること。もう一つは地域を支えるために特色を出して「働きたい病院」づくりを進める必要がありました。病院名を「HITO病院」へと変更した際に、理念となる「HITO VISION」を掲げましたが、法人の理念に共感し、「自分がこうしていきたい」という想いをもって活動してくれる医師やスタッフ集まり、様々なプロジェクトが進んでいきました。
Q. 特徴的なのがICT活用だと思いますが、こちらが進んだ背景を教えてください。
常勤脳神経外科医が1名になってしまったことがICT活用のきっかけになりました。医療圏域の中で脳卒中の急性期治療を行える病院は当院しかなく、救急医療を受け入れながら通常診療も行わなくてはなりません。このときに導入したのがチャットツールでした。診察や手術がある中で電話のみの対応では追いつきませんし、医師業務のタスクシフト/シェアとして医師事務作業補助者や看護師が適宜効率的に対応するためにチャットツールは有用でした。
この取組に手ごたえを感じ、段階的に進めていくことにしました。次に取り組んだのが、スタッフの平均年齢が29歳と若かったリハビリテーション部です。PC端末不足によりカルテ入力が夕方になり、残業の原因になっていることなどが業務量調査から判明していました。そこでiPhoneを40台導入し、チャット共有や音声入力によるカルテ記載をできるようにしました。この取組は「施行できるリハビリ単位数の増加」という定量的な成果が出たということもあり、その他の部門にも広まっていきました。
Q. その後、このようなICT化が他の部門に広がった際にはどのような影響がありましたでしょうか?
多くの職員にとって、本来の業務である患者のケアに専念できる時間が増えた、心理的な負担が減ったというのが一番大きい印象です。多忙な医師に電話をするのは、スタッフにとってもストレスの原因になっていましたが、グループチャットを使うことで、スタッフは聞きたいときに聞けて、隙間時間で返信ができます。そして何よりお互いのやり取りが可視化され、「みんなが見ている」環境となることで、情報共有の迅速化に加え、互いの心理的安全性も担保されます。
また、リハビリテーションスタッフ、看護師、薬剤師にアンケートを取りましたが、「働きやすくなった」という意見の他に「他の人のメッセージが勉強になる」という意見が多くありました。それまで職位や資格で仕事が属人化していたのですが、お互いのやり取りが見え、学びにつながることで自然なタスクシフトも進んでいます。
このように多くの定性的な変化を感じています。当初はリハビリテーション部で定量的な変化を測定できましたが、活用が拡大していくにつれ「iPhoneがない状態には戻れない」という状況になっています。
Q. チャットツールなどは便利だと思いますが、逆に情報過多になったりはしないでしょうか?
確かに管理職である私は、病棟・委員会・プロジェクト単位の様々なグループチャットに入っています。管理側は相当数のメッセージが来ることになりますが、むしろ現場の状況を知る上でも有用だと考えています。病棟などのチャットのやり取りを見ていると、どのような状況か分かりますし、必要な内容に関して承認や助言等の返信を行っています。実際に「煩雑で困る」という意見は、現場からも管理者側からも出ていないですね。
むしろお互いに日勤帯に確認したい事項はやり取りができているので、夜間の問い合わせなども減少しています。全体としては情報が整理され、課題が解決しやすくなったのではないでしょうか。
Q. このような変化を進めるのは、トップダウンなのか、ボトムアップどちらで行ったのでしょうか?
まさに「未来創出HITOプロジェクト」は、スピード感をもって課題を解決することを目的としていたため、理事長直轄の組織としました。理事長・病院長などの主要なメンバーに加え、異業種などからITに詳しいスタッフに入ってもらうことで、多様な意見が上がってくる環境になっていると思います。
ここでは「可能な限り現場に良いことであれば、やってみよう」という考えを取っています。一気に投資して、トップダウンでやるというよりは、小さく始めて、成果が出たものを展開していく、という感じですね。
最初に紹介したiPhoneの導入でも、いきなり職員に「皆でスマホを使うように」と指示を出したわけではありません。リハビリテーション部でできる人から使い始め、周りが自分から「使ってみたい」と思える事を重視しました。便利なものはみんな使うようになっていきますし、そうすることで必要なルールが自然にでき、現場ベースでシステムが作られていったと感じています。
Q. 実際に現場にいる立場としては、このような取り組みをどのように感じているでしょうか?
(五十野先生)
HITO病院に来て丸3年になりました。グループチャットは、今や「これなしでは働けない」という存在ですね。総合診療科はこのチャット機能を活用して、他のスタッフが行った「良いアプローチ」を可視化することを意識しています。電話やカルテだけでは見落としてしまうこともあり、それに対するポジティブなフィードバックもなかなかできません。せっかく行っている良いことが「当たり前」になり、誰からも評価されないのは寂しいです。私たちは積極的に、カルテなどで「これが良い」と思ったことを病棟のチャットツールで共有するなどして、お互いに承認していくようにしています。「ありがとう」も伝えやすくなりました。
このような文化があることで、多職種のフットワークも軽くなっていると感じています。私自身、地域包括ケア病棟の医長となり、病院運営に自分ごととして関わっていますが、医師としても多くの学びがあります。当初は退院支援でも「何をしているかよくわからないけど待っている時間」が長く、短縮しながら質を高めることが可能だと感じました。これを多職種で病棟課題として共有して取り組み、チャットでも早い情報共有とディスカッションをしていくことで、平均在院日数が1週間くらい短縮しました。
Q. 他に現場目線で、HITO病院で進んでいる特徴的な取り組みはあるでしょうか?
(園田先生)
多職種へのタスクシフトやシステムの改善はもちろん必要ですが、医師の働き方改革には、医師自身のリスキリングも大事だと考えています。実は1970年代に多く新設された医大や医学部の卒業生が定年を迎える時代がやってきています。各病院の平均年齢は上がり続けている中で、医師の高齢化も避けられません。医療の技術革新やDXが進む中で、従来型の専門スキルだけでは、医師としてずっと働き続けていくことはことはできなくなっていくのではないでしょうか。
その中で、例えばある程度の年齢になったら、医療マネジメントに従事するとか、医師として医師間のタスクシェアを調整する役割をするとか、様々な新しい立場・スキルを持つのも、今後の新しい医師の働き方として考えても良いのではないでしょうか。
例えば、高齢者では手術や疾患治療だけでは終わらず、ケア中心の医療・介護が必要になっていきます。専門的なスキルを持つ若手の医師には、従来通り自分の専門性に集中できる環境を提供し、経験を積んだ医師はその支援に回る、というのも一つの働き方かもしれません。これにより若手の医師が働きやすく、かつ働きがいをもてる医療環境となれば、よりよい医師が集まりますし、将来のキャリアパスも多彩になります。
今回は3名の医師にそれぞれの角度からお話を伺いました。まさにそれぞれが各所で課題を見つけ、取り組んでいるのが特徴的だったHITO病院。病院トップダウンではなく、ボトムアップでの各自の「働き方」の改革だからこそ、職員の満足感も高い改革につながっているのではないでしょうか
聞き手・執筆:平野翔大(産業医/産婦人科医/医療ライター)
<医療機関情報>
社会医療法人石川記念会 HITO病院
所在地 愛媛県四国中央市上分町788番地1
病床数 257床
職員総数 600名程度
石川 賀代、園田 幸生、五十野 桃子
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