記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
#11
R.H.エプスタイン(著)、坪井 貴司(翻訳)/化学同人 発行
ダニエル・M・デイヴィス(著)、久保 尚子(翻訳)/NHK出版 発行
モンティ・ライマン(著)、塩﨑 香織(翻訳)/みすず書房 発行
まいど。今回は医学関係の本、いずれも高度な内容が分かりやすく紹介されてる本でいきます。特に1冊目と2冊目は、大発見に至るエピソードが詳しく書かれとります。医学的発見のバックグラウンドには何があったのか、わくわくしまっせぇ。
『ホルモン全史』は、タイトル通り内分泌関係の発見についての本だ。全史とあるけれど、内分泌の歴史を全てたどるような本ではない。ホルモンの発見といえば、バンティングとベストによるインスリンの発見とか、ギアマンとシャーリーによる脳下垂体ホルモンの同定といったところが定番だが、その二つともこの本には書かれていない。
なんやそれはと思うなかれ。それ以外にも面白い話が腐るほどあるのだから。数多くのホルモンについて、その発見の経緯や時代背景、さらには、負の側面などが詳しく描かれている。全15章から成る本だが、それぞれの章が起承転結に富んだ面白いドラマに仕上がっているのが素晴らしい。
最大にフィーチャーされているのは、クッシング病に名を残す脳外科医ハーヴェイ・クッシングだ。「20世紀初頭の10年間で脳神経外科学の父となった」と称されるほどの名医であり、手術に熟達していただけでなく、ホルモン研究の第一人者としても活躍した。まだ脳下垂体が何種類ものホルモンを分泌することが知られていなかった時代、アプローチの難しい脳下垂体に直接触れることができたのはクッシングだけだったのだから当然かもしれない。
『測れないものを測る』の章は、貧しいロシア移民の子として生まれ、全くの分野違いから、ラジオイムノアッセイ法を開発したロサリン・ヤローについての話だ。この画期的なアッセイ法がなければ、ホルモン全史は全く違った展開になっていた可能性が高い。
クッシングやヤローのような大物ばかりではない。hCGの発見者であるジョージアンナ・シーガー・ジョーンズの名を知る人はほとんどいないだろう。夫のハワードと共に仲睦まじく研究したその内容の章の名は『ホルモンで結ばれたふたり』と洒落ている。hCG発見のとっかかりが医学生時代の研究だったというのには驚かされた。それに、20世紀の前半が、女性医師・研究者にいかに差別的であったかにも。
他にも、更年期障害とエストロゲン、テストステロンによるマッチョ化、オキシトシンと愛着、性転換など、どのトピックスも間違いなく楽しめる。
英国の免疫学者ダニエル・M・デイヴィスによる『美しき免疫の力-人体の動的ネットワークを解き明かす』は、免疫学における比較的最近の大発見についての物語だ。その専門能力を生かして、文献だけではなく、当事者へのインタビューも含めてまとめられているだけに、とてもダイナミックな読み物になっている。
全8章は、自然免疫、樹状細胞、インターフェロン、抗体療法、コルチゾール、概日リズムと免疫、制御性T 細胞、がん免疫療法の発見について、最も重要な貢献をした研究者にスポットライトが当てられている。制御性T 細胞はもちろん、本誌の「ドクターの肖像」にも登場された坂口志文先生だ。ローマは一日にして成らず。それぞれの研究がどのような苦労の末に成し遂げられたか。「興奮するな」という方が無理だろう。
3冊目はちょっと違ったテイストだが、『皮膚、人間のすべてを語る』を紹介したい。皮膚は、単に自分と外側を分けるだけの「臓器」ではない。免疫、触覚、体温調節など、じつにさまざまな、そして、繊細な働きを持っている。また、外から見えてしまうだけに、周囲との関わりに大きな影響を与える臓器でもある。恥ずかしいときに赤くなる、皮膚の色が差別を生み出したことなどから分かるように、医学的のみならず、心理的、さらには社会的な影響も大きな臓器なのだ。その辺りのことが、さまざまな角度から論じられていく。
『皮膚、人間のすべてを語る』は、さすがに大げさではないかと思ったのだが、読み終えたときには納得させられていた。あまりの面白さに、京都大学皮膚科の椛島健治教授に、「全皮膚科医が読むべき本」とメッセージを送ろうとしたが、あとがきによると、この本は椛ちゃんのススメで出版されたとか。さすが、降参です。
トップレベルの医学本っちゅうのは、ホンマにおもろいです。これくらい面白い物語として医学を教えることができたら、学生がもっと興味を持って勉強してくれるかもしれんのですけどねぇ。
今月の押し売り本
今月の押し売り本
今月の押し売り本
仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2022年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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