記事・インタビュー
大阪大学名誉教授
仲野 徹
#10
石井 光太(著)/文藝春秋 発行
今井 むつみ、楠見 孝、杉村 伸一郎、中石 ゆうこ、
永田 良太、西川 一二、渡部 倫子(著)/岩波書店 発行
鳥飼 玖美子、苅谷 夏子、苅谷 剛彦(著)/筑摩書房 発行
まいど。最近の小学生はITやら英語やらも勉強せなあかんみたいで大変ですな。けど、生きていくうえで何より大事なのは、やっぱり読み書きそろばんと違いますやろか。特に読み書き。その肝心要について、「おいおい大丈夫かいな」っちゅうような本が立て続けに出されましたんで紹介させてもらいます。
1冊目は『ルポ 誰が国語力を殺すのか』を。著者の石井光太は、『こどもホスピスの奇跡』(新潮社)をはじめ、さまざまなジャンルで快作を飛ばし続けるノンフィクション作品の第一人者である。その石井が、今度は子どもたちの国語力に言及した。
冒頭、衝撃的な話が紹介される。石井が見学した小学校4年生の国語の授業は、ごんと少年・兵十をめぐる童話『ごんぎつね』が教材だった。兵十の母親の葬儀シーンで「よそ行きの着物を着て、こしに手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえていました。」という記述がある。しかし先生の「鍋で何を煮ているのか」という問いに対して、「鍋で兵十の母親の死体を消毒している」とか「死体を煮て溶かしている」と答えた班が半数以上あった。え~っ!あかんやろ…。怖すぎるし。極端な例かもしれないが、石井は取材で似たような理解し難い場面に何度も出くわしているという。
「 登場人物の内面や物語の背景を考えることをせず、文章を字面のみで記号のように組み合わせているだけ」だから、このような答えになる。すなわち、本質的な問題は国語力のなさなのではないか。ひいては、これが日本の国力の低下にまでつながっているのではないか。このような根源的な危機意識に基づいて、「格差と国語力」、「教育崩壊」、「SNS言語の侵略」といった国語力低下を引き起こす原因が挙げられていく。次いで、「ネット依存からの脱却」や「国語力育成の最前線」といった項目で、解決策が模索される。しかし、残念ながら、先行きが明るいとは言えそうにない。
『学びとは何か』、『英語独習法』(共に岩波新書)などの優れた著作、心理学者である慶應義塾大学教授・今井むつみの本には全幅の信頼を置いている。その今井が代表著者である『算数文章題が解けない子どもたち ことば・思考の力と学力不振』が指摘する問題点も、石井の本と非常に似通っている。こちらは、小学生に対して行われた「たつじんテスト」の結果を解説した本だ。このテストは、誤った答えを出したときに、どうしてそのような考えに陥ってしまったのかを知ることができるように作られている。またその結果から、表層的な知識ではなく、「生きた知識」が身に付いているかどうかも分かる。
この本の内容も想像をはるかに上回る。小学校5年生で、3分の1が2分の1より大きいと答えた子が半数以上もいたというのには驚愕するしかない。アホやんか。この例も含め、それぞれの問題と誤答についての解説を読めば、どの段階でどのようにつまずくとそのようなことになるのか、さらには、単なる知識と生きた知識というのはいかに違ったものであるかがよく分かる。
これら2冊に共通するのは、いまの教育は、生きた知識ではなく、表層的な知識を植え付けることしか行われていないのではないかということだ。大阪大学医学部でさえ、そのような記憶には長けているが医学知識をなかなか有機的に結び付けることができない学生が少なからずいたような印象がある。教えていた側としてはちょっと反省せなあかんかな。
3冊目『ことばの教育を問いなおす~国語・英語の現在と未来~』は、少し前の本だが、同時通訳者で英語教育学者の鳥飼玖美子、大村はまの教え子でもあった苅谷夏子、そして、その夫でオックスフォード大学教授の社会学者・苅谷剛彦による本である。ちなみに、大村はまは、作文により思考力や自己学習力を育成する素晴らしい教育を行ったことで有名な中学校教師だ。
それぞれ異なった立場から論考が展開されているが、なるほどと思ったのは、苅谷夏子による、国語力はコンピューターにおけるOS(オペレーティングシステム)のようなものではないかという考えだ。OSがしっかりしていなければ、どんなソフトもアプリも満足に動きようがない。国語力はかくも重要なのである。
はぁ、はぁ。今回はむっちゃ真面目に書きました。って、いつもは真面目とちゃうんか!と叱られそうですが、テーマがテーマだけにガチンコになってしまいましたわ。日本の将来は国語力に懸かってるんかもしれませんで、ほんまに。全国民が考えるべきですな。十分な国語力を持って、が前提ですけど。
今月の押し売り本
今月の押し売り本
今月の押し売り本
仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2022年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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