記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
#08
BREATH 呼吸の科学 ジェームズ・ネスター(著)/早川書房 発行
サーチ・インサイド・ユアセルフ チャディー・メン・タン(著)、ダニエル・ゴールマン(序文)(著)/英治出版 発行
気のはなし 科学と神秘のはざまを解く 若林理砂(著)/ミシマ社 発行
いきなりですが、半年ほど前からマインドフルネス瞑想を始めてますねん。1日に小1時間ほどですが、自分的にはずいぶんと効果があって、気に入っとります。知ったはるかと思いますが、瞑想には呼吸法が重要です。もう10年ほども前になりますやろか、詩人の谷川俊太郎さんの『呼吸の本』(フォレスト出版、2021年に新版が出とります)を読んだことがあります。
谷川さんがずっとやっておられる呼吸法の先生である加藤俊朗さんとの共著です。えらく面白かったんで、それについての話を朝日カルチャーセンターまで聞きに行ったほどですわ。その呼吸法、なるほどと思って、しばらくCDを聞きながら寝る前にやってたんですけど、けっこう時間がかかるんで、いつのまにか忘れてしもてました。それが、瞑想を始めてまた気になり出してたところに出版されたのがこの本、タイトルもズバリ『BREATH 呼吸の科学』でおます。
呼吸法教室で自ら感動した素晴らしい経験から呼吸に興味を持ったジャーナリストが数年かかって調べ上げて書いた本である。驚いたことに、強制的に鼻呼吸を止める実験を行ったところ、10日間で体がぼろぼろになったという。こういった話から、まずは、鼻で呼吸することがいかに重要であるかが示されている。そこからは、「呼吸の達人」を巡るレポートだ。
頭がスッキリしたり病気が治ったりと、紹介されている達人たちが示す効果は画期的だ。あまりに素晴らしすぎるし、他の人には真似ができない方法であると書かれていたりするので、正直なところ全面的に受け入れているわけではない。場合によっては「トンデモ本」みたいな気がするところさえある。
しかし、呼吸法は、大昔から世界中の至る所で効果があるとされてきたのだ。あまり否定的に考えるのはよろしくなかろう。それに、医学的な裏付けがないわけでもない。例外もあるが、紹介されている方法の多くは、呼吸を少なくすることにある。
少々呼吸を控えめにしても血液の酸素飽和度はほとんど下がらない。しかし、二酸化炭素濃度は確実に上昇する。ここで登場するのが、あの偉大な理論物理学者ニールス・ボーアの父、クリスティアン・ボーアが発見したボーア効果だ。詳しいことは生理学の教科書を見てもらうとして、一言でいうと、炭酸ガス濃度が上昇すると、ヘモグロビンの酸素解離曲線が右側に偏移する、というやつだ。
もっと平たくいうと、より多くの酸素が放出されるようになるということである。だから、呼吸を抑え気味にしたら、末梢組織で酸素がたくさん使えるようになって細胞が元気になる、という解釈だ。これとてほんまかいなぁという気がしないでもないが、ひょっとしたらそういうことなんかもしれんという程度には理屈が通っている。
この本には、呼吸法こそが重要で、瞑想は必ずしも要らないというようなことが書かれとります。でも、仲野堂は『〜1日10分で自分を浄化する方法〜 マインドフルネス瞑想入門』(WAVE出版)を参考に瞑想にいそしんでますねん。瞑想なんか怪しげやと思う人もいてるみたいですけど、そんなことあらしません。
瞑想の効果を科学的(というほどでもないけど)に解説したのが『サーチ・インサイド・ユアセルフ』だ。あのGoogleが、自己認識力、創造性、人間関係力を上げるためにマインドフルネス瞑想を採用しているのをご存じだろうか。そのプログラムの開発者による本がこれだ。理論的な裏付けと実際のやり方、そして、効果を説明していく。瞑想が効果を発揮する理屈はいまひとつ分かっていなかったのだが、この本を読んで、それなりに納得した。
似たようなところで、中国や日本では昔から「気」という言葉、考えがある。それを解説したのが鍼灸(しんきゅう)師・若林理砂さんの『気のはなし 科学と神秘のはざまを解く』だ。「気」とは何かが、その歴史をひもときながら、いろいろな角度から解説されていく。じつにさまざまなことを意味しているので一筋縄ではいかない。が、おぼろげながらイメージがつかめていく。そして読み終わったとき、快刀乱麻のように理解できる、といいたいところだが、やはりもやもやした感じが残ったまま……。
「気」って、きっとそういうものなんですわ。だいたい、なんでも分かると思い込んでしもてるのが現代人の悪い癖ですな。呼吸、瞑想、気、きっと信じる者だけが救われるんかもしれません。よう知らんけど、ほな!
今月の押し売り本
今月の押し売り本
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仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2022年9月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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