記事・インタビュー
徳島大学医学部を卒業後、神経内科の専門医を取得。ハーバード大学公衆衛生大学院に進み、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院での勤務を経て、帰国後マッキンゼー・アンド・カンパニーでアソシエイトコンサルタントに。
臨床、留学、研究と、多彩なキャリアを積んできた矢野 祖さんは、なぜ大手コンサルティングファームへの道を選んだのでしょうか。また、今後のビジョンをどう描いているのでしょうか。キャリアを形成する上で注力されたことや、考えられてきたことなどを伺いました。
<お話を伺った先生>
矢野 祖(やの・はじめ)
医療法人社団 エイチ・エス・シー理事長
医師・神経内科医
臨床研究に熱中し、一旦米国で就職
――留学後のプランはどんな内容でしたか。予定通りに進んだのでしょうか。
海軍病院に入るまでは直接レジデンシーに応募して渡米することを考えていましたが、ECFMGをはじめとした準備や、マッチの可能性を考慮してまずは大学院留学で渡米することに決めました。MPHの間にECFMG certificateをとり、論文実績や現地でのコネクションを利用してレジデンシーに応募して、神経内科医として残ろうと考えていました。
ところが、予想外のことが二つあって、プランを変更しました。一つは、大学院での専攻、Clinical effectivenessという疫学と生物統計学の統合プログラムがとても面白く大学院でやりたいこと、やらなければいけない事(課題等含めて)が予想以上に忙しかったこと、二つ目は大学院の卒業要件である自主研究が順調に進んでおり、卒業後も他の人に引き継がず自分できちんと形にしたいと考えていたことです。
そこで、研究のために出入りしていたブリガム・アンド・ウィメンズ病院の神経内科の研究室に、卒後の1年間雇ってもらうことにしました。実は、ブリガムでの臨床研究は渡米前から希望していて、多発性硬化症の研究室に何度も面接の依頼を送り、運よく渡米前にSkype面談を受け、(院生中の1年目は無給でしたが)ポジションを得ていました。多発性硬化症の臨床データをもとに取り組んでいたのですが、データも豊富で、続けるうちに面白い知見も出てきたので、研究室のボスからも「残りたいならもう1年やっていいよ」と声をかけていただきました。留学2年目はポスドクとして勤務して、論文をまとめました。
――「留学後にどこへ行くか?」という、いわゆる“出口問題”は、留学後の医師の多くが抱えるテーマです。その後、マッキンゼー入社に至るまでには、どんな進路を検討されたのですか。
三つの選択肢を考えていました。一つは初志貫徹、ECFMGを取得して、レジデンシーにアプローチすること。二つ目はPh.Dに進学し研究手法についてより深く学ぶこと。そして三つ目が、――最終的にはこれを選択しましたが、帰国してビジネスの道に進むことでした。ちなみに、MPHの学生はMDの他にも製薬企業や各国の政府からの派遣など多彩なバックグラウンドをもつ生徒が在籍しており、卒後に起業をする生徒もいるため、卒業後のキャリアは多種多様です。
私も触発され、一時帰国の期間を利用して裴英洙先生のハイズでインターンをさせていただいたり、オンライン診察システムなどの開発を行うヘルステック インテグリティ・ヘルスケアの武藤真祐さんにお話を伺う機会を得て、行政、起業・フリーランス、製薬企業や保険会社で勤務することなど医師が活躍できるキャリアには様々な道があることを知り、とりわけコンサルタントとして働くことに興味を持つようになりました。研究の傍ら情報収集を続け、病院に戻らず新しいチャレンジをする意志を固めました。
公衆衛生+ビジネスで、患者への貢献度を捉え直す
――ビジネスの道に興味を持たれた理由はどこにあったのでしょうか。
医学部卒業後、医師として目の前の患者さんに最新の知見をもとに最適な医療を提供することの重要性と貢献度の大きさを目の当たりにしてきた一方で、医療は患者さんの満足度や幸せを構成する一部であって医学的な正しさや成功が必ずしも患者さんや周囲にとって最高の結果に繋がらない場合があることも感じていました。
MPHへ行き、いろいろな方に出会って、自分が考えてきた以上に診療以外にも患者さんやそのご家族、ひいては地域全体の健康に医師は貢献できるということを知り、まったく新しい視点で自身のキャリアについて考えるようになりました。さらに、「ビジネス」がもつスピード感や柔軟性、社会に貢献できるキャリアであるという説得力のあるお話をしてくださった人々と出会えたことで、‘キャリアはだれかと比べるものではなく、自分のやりたいことに正直に、もっと自由に考えていいんだ‘と思えるようになり、踏ん切りがつきました。
――中でも、マッキンゼーを選ばれた理由は何でしょうか。
特にヘルスケアの業界で“元医師/マッキンゼー”の方で活躍されている方の情報を目にする事が多かったので、自然と興味を持ちました。そのうえで、実際に働いている方から様子をお伺いしMake your own Mckinseyと言われる、コンサルタントとしての活躍の場とその後のキャリアの広がりや、クライアントへの貢献度を最大化するために世界中からチームメンバーが招集され一つのチームとして取り組むグローバルな環境に魅力を感じ志望しました。
――マッキンゼー入社するのは難関と聞きますが、どのような試験をクリアされたのですか。
私が中途採用試験を受験した時点では書類審査、計算問題を含む適正試験のあと、1対1の面接(1時間)で6人の現役コンサルタントの方から評価を受けました。医師以外にも様々なバックグラウンドをもつ社会人の方、海外MBA卒の方が応募されているので、狭き門ではあると思いますが、興味をもっていただけた方は最新の情報とあわせてぜひホームページを覗いてみてください。
――入社後はどのような業務を担当されたのでしょうか。
コンサルタントの役職名は会社によって異なるのですが、マッキンゼーでは1つのプロジェクトに対して1チームあたり3-5名、クライアントのトップマネジメントを行うパートナー(役員)、プロジェクト全体を管理するマネージャー、プロジェクト内での各分野をアソシエイトやビジネスアナリストが担当するといった座組みです。私はGeneral consultantとして勤務していましたので、原則的には本人の希望とコンサルタントとしての成長の観点もふまえつつ、クライアントへのインパクトが最大化されるメンバーが世界中のオフィスから選任されます。新卒入社はもちろん、特定の産業での職務経験があっても希望に応じて非常に幅広い産業のプロジェクトに参加が可能です。さらに同じ産業の中でもマーケティングやオペレーション、組織変革など色々なケースがあるので入社前に考えていたよりもはるかに多彩な機会が与えられます。経験を積めば海外オフィス/プロジェクトへの参加や移籍も可能です。
私の場合はもともとの興味分野が明確だったので振り返ると70%くらいはヘルスケア産業に関連したプロジェクトでした。その中でも組織変革や製品の販売戦略、新規事業立ち上げなど多岐にわたるテーマに様々なバックグラウンドをもつメンバーと共に携わることができました。例えば、クライアントは外資系企業の日本支社でほぼ全員日本人の方、マネージャーは上海から、他のメンバーはスペインとロンドンにいて、日本語のネイティブは私だけ、といったプロジェクトもありました。日本時間の日中私が働いて、夜にチームメンバーに進捗と今後の方向性を共有した後、私が眠っている間に海外のメンバーが働き、日本時間の明朝に再度チームミーティングをして、というまさにグローバルチームを体現した働き方でした。
――仕事の上で苦労された点はありますか。
医師とはまた違った能力が必要となりますし、コンサルタントとしての基本的なスキル(問題解決の思考、コミュニケーションスキルの他、エクセル、パワーポイントや会計・財務分析など)が身につくまでは効率が上がらず時間がかかってしまうため、忙しい時期もありました。とくに医師と異なる点は、自分の仕事の出来やスピードがそのままチーム全体の成果や評価につながる点です。個々の役割や達成目標(成果物)が明確なので、決められた時間内に自分の担当部分の成果を確実に出し続けることは急変対応や重要な治療方針決定の時とはまた異なるプレッシャーでした。
成果物の多くはパワーポイントで共有しますが、1枚のスライドに対してチームから指摘を受けて、5回、10回と作り変える場合もありました。パワーポイントはメッセージを伝えるための媒体でしかなく、何を伝えるのか、その裏付けにどのような情報や論理があるのか、より良い成果を出すために徹底した働き方を経験できたことは今後の財産になると感じています。コンサルタントとしてのスキルだけでなく、ヘルスケア産業を医師とは違うクライアントの目線からみることで一医療従事者としても視野の広がりを感じました。
――今後は別のフィールドでのお仕事を検討されているそうですが、最初からマッキンゼーに在籍するのは2年くらいと決められていたのでしょうか。
特に期間を決めているわけではありませんでした。パートナー(役員)になるという野望もありました笑が、自分のなかでまだどういった環境で仕事をするのが一番納得できるのか定まっていないことも自覚していたので、何か面白い機会があればチャレンジしてみたいなとも思っていました。結果として私は1年半と短い期間で転職することになったのですが、中途採用のコンサルタントの半数程度は2、3年で活躍の場を替えている印象です。もちろん5年10年とコンサルタントとしてキャリアを形成している方も多くいらっしゃいます。
――今後のキャリアプランやビジョンについて教えてください。
2年であれをやって5年後にはこんなことを、という具体的なものはありませんし、決めてしまうのは面白くないとも思っています。ただ、今後医療機関と患者さんや周辺地域との関係性が変化していくなかで常に現場からの視点をもっていたいと考えています。まずは在宅医として医療の現場に戻りたいと思っています。
自分なりに考えた結果、よいご縁にも恵まれて21年4月に東京都町田市で在宅診療のクリニックを立ち上げることになりました。 町田市を中心に、近隣の相模原市、座間市、大和市の在宅医療を必要とされている患者さんが納得できる医療を受け、自分らしく生活できるよう医療の面からサポートしていきたいと思っています。まだ始まったばかりですが、地域の関連職種の方や行政、他産業の方と顔の見える関係性を築き、一丸となって患者さんや地域の社会的課題に取り組んでいきたいと考えています。 今は新しいチャレンジにワクワクしています。
――医学生・研修医に向けて、メッセージやアドバイスをお願いいたします。
入学時に医学部を選択した後、キャリアについて考えるタイミングは少なくとも学部卒業時、研修終了時など幾度かあると思います。臨床医としてのキャリアはもちろんそれだけで非常にやりがいのある素晴らしいものです。奥深く、私も大学や亀田総合病院で自分が生まれる前から医師として働かれている大先輩方がそれでも今も学び続けている背中をみてきて、やはり一生完成のない道なのだと感じるところです。
ただ、その中で検討するにしろ、それ以外に飛び出すにしろキャリアの早い段階で一度色々なキャリアや働き方について見たり聞いたりするチャンスを主体的に見つけてほしいと思っています。
皆、志を持って医学部に入っていらっしゃっていると思いますが、殆どの場合10代の時の自分がもった将来像や目標は、医学生として、医師として経験を積んでいくなかで変わっていくものと思います。年の区切りや、入職、卒業などどんなきっかかけでもよいので、じっくりと自分の来た道を振り返り、自分が何にときめいて、今後どうなりたいのか、自問自答する時間をもってください。世界の色々なところで、今は色々なセミナーやレクチャー、学会がオンラインで参加できる時代です。これまでは多大な時間や費用をかけてその場に行かなければ見聞きする事のできなかった世界がワンクリック先に広がっています。是非、これをチャンスと捉えて色々な情報に触れて自分だけのキャリアを見つけてください。あなたの医師、医学生としての経験や知識、人の健康に資する気持ちは医療の現場だけでなく社会の色々なところであなたが思っている以上に求められています。
この文章が少しでも今後のキャリアを考える参考やきっかけになれば幸いです。
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