記事・インタビュー
医療・科学情報を提供する国際的なマルチメディア企業、エルゼビア・ジャパン株式会社のChief Medical Officerであり、同社が提供する医療従事者向け情報サイト『今日の臨床サポート』 編集長である飯村傑先生。在沖米海軍病院やハワイでの臨床経験を持ち、帰国後はEBMの普及や製薬企業での勤務など多岐にわたって活躍。そんな飯村先生に、米国の医療や異業種への挑戦など、今日に至るまでのキャリアの軌跡について伺いました。
本記事は前後編に分けて紹介します。海外留学に興味のある医師、臨床以外の新たなキャリアに挑戦したい医師、そしてキャリアに迷っている医師にとっても大いに参考となる内容です。
帰国後に感じた米国とのギャップ
――帰国後、米国との違いを大きく感じたことはありますか?
日本に戻って米国との違いを大きく感じたのは、「日本はオープンディスカッションで物事を決める文化ではない」ということでした。日本では米国のようにデータやエビデンスを見ながらみんなでをオープンに議論を戦わせるよりは、物事を決定したり進めたりするには「各関係者と個別に相互理解を図ること」が大切であるということを改めて理解しました。日本に逆順応するのに2年位はかかったと思います。
――帰国後、大雄会ではどのような働き方や取り組みをされていましたか?
関西の医学生相手に行っていたジャーナルクラブ
大雄会では、一般内科医として臨床をしながら、米国での経験を活かしてエビデンスに基づいた医療の質改善に取り組みました。たとえば急性心筋梗塞に対する治療は病院到着からPCIまで90分以内とガイドラインで決まっているのですが、スタッフが充実していない夜間などでは診断、検査、治療の準備などがスムーズにいかないときがあります。そこで、いつ何時でも患者さんにエビデンスに基づいた医療を提供できるよう、病院組織内のエビデンスと臨床プラクティスのギャップをひとつずつ埋めていきました。
関西の医学生相手に行っていたジャーナルクラブ
製薬業界へキャリアチェンジ
――その後、製薬企業という異業種にキャリアチェンジをされたのは、なぜでしょうか?
大雄会でお世話になった3年半でいくつかのプロジェクトが成功したところで次に何をしようかと考えていました。もっと大きな病院群や国という規模で医療の質改善に取り組むことも考えましたが、それを阻む「違和感」が自分の気持ちの中にあることに気が付いたんです。
それまで臨床のトレーニングは積んできましたが研究者としてのトレーニングは皆無に等しく、医療の質という「エビデンスに基づいた医療」を推進しながら、自分でエビデンスを作ったことがないことに大きな違和感があったんです。それで、「エビデンスを作るためにはどの道に進めばいいのだろうか」と思いを巡らし、エビデンスの王道である大規模・多国籍・多施設ランダム化比較試験に生で関われるのは外資系製薬企業ではないかと考えたんです。
また、ハワイ大学時代にプログラムディレクターから「チーフレジデントをやらないか?」と言われたことがあったのですが、チーフレジデントはレジデントたちのティーチングのほか、彼らの意見を汲み取って責任者と交渉する役割も重要なので、当時の自分の英語力で米国人たちの意見調整やリーダーシップをとることは難しいと感じ、断った経緯があるんです。そのときの悔しい気持ちがずっと心の中にあり、外資系企業に入って外国人とネゴシエーションできるスキルを身に付けたいと思っていたこともキャリアチェンジした大きな理由です。
――キャリアチェンジすることにご家族からの反対はありませんでしたか?
反対はありませんでした。むしろ妻は背中を押してくれました。次に何をしようか退屈そうにしているのを見ていたらしくて(笑)、何か新しいことでもやってみたらと応援してくれました。
――製薬企業に転職されていかがでしたか?
転職の際は医師の転職エージェンシー「民間医局」に外資系製薬企業を紹介していただき、臨床開発に従事しました。仕事はとても楽しかったです。また、それまでサイエンスは真理を追究するとてもピュアなものであると思っていましたが、資金がなければ十分な研究はできませんので、研究開発には産官学の連携も非常に重要であることを知りました。そうした「ビジネスという環境の中で、サイエンスとしてどう筋を通すか」といったことを経験できたのは面白かったです。
――キャリアチェンジするにあたり、MBA(経営学修士)などを取得する医師もいます。
「医学生にとっては病院が大学です」という、医学教育の基礎を築いたウィリアム・オスラー医師の言葉があります。講義室でいくら勉強をしても、それは分かったつもりになっているだけで、病院で実際に患者さんを目の前にして学ばなければ意味がないですよね。
当時はキャリアの一環としてMBAかMHA(医療経営学修士)を取ろうかと思いましたが、資格を取得しても実際にビジネスの世界に身を置いたことがなければ、分かったつもりになっているだけで、医学生が患者さんを診たことがないのと一緒だなと思ったんです。そこで、ビジネスの現場に直接飛び込むことにしました。
エルゼビア・ジャパンでの働き方、やりがい
――製薬企業を経て現在のエルゼビア・ジャパンに転職した経緯を教えてください。
製薬企業に2年間お世話になった後、エルゼビア・ジャパンに転職し、診療に必要な情報が瞬時に確認できるオンラインツール『今日の臨床サポート』の編集長になりました。きっかけは、エルゼビア・ジャパンの社長と親交があった徳田安春先生(群星沖縄臨床研修センター長)から「医師であり、ビジネスも分かっている」ということで声をかけてもらったことです。
――エルゼビア・ジャパンでの仕事のやりがいはどこにありますか?
エルゼビア・ジャパンは国際的なマルチメディア企業であり、医療や科学情報を全世界の専門家や教育者に提供している企業です。仕事は自由度が高く、アイデアを形にできる楽しさがあります。
在沖米海軍病院にいた2007年当時にはすでに、米国ではありとあらゆる教科書や論文にどのパソコンや電子カルテの端末からもアクセスできたんです。過去に自分で高いお金を出して買った医学書の最新版も無料で読むことができ、とても驚きました。ハワイ大学時代には週に2回、地域の開業医で外来研修をしていたのですが、そこでも『UpToDate』が当然のようにあり、医師と患者さんが一緒にエビデンスを見ながら意思決定する姿に衝撃を受けました。大雄会に転職した当時、日本でEBMがあまり浸透していないのは、不便なアクセス環境も要因の一つであると感じました。米国ではワンクリックであらゆるエビデンスにアクセスでき、すぐに治療方針などの議論ができましたが、日本のアクセス環境ではそれが困難であり、どうにかしたいとずっと思っていたんです。これまでのそうした思いが、「診療に必要な情報を発信する」という今の自分の仕事の原動力になっていると感じています。
医師として可能性を広げるための新たな取り組み
――新たなチャレンジとして、2019年からPodcastで医療に関するさまざまな情報を発信されています。
『Dr. Future』の一幕
『Dr. Future』と題して、2019年から臨床医、研究者、起業家、教育者など、さまざまなジャンルのトップランナーをゲストに招き、未来の医師のつくり方などをテーマに対談をして、その内容をPodcastで発信しています。セミナーや病院などに招かれ、医学生や若手医師たちに直接レクチャーする機会もありますが、みんなが継続して医師としての視野を広げられるようにと思い、新たな取り組みとして始めました。キャリアの参考にもなるので、ぜひ聴いてほしいですね。
また、日本の医師たちは国内の既存領域の中でパイの取り合いをしている人が多く、何らかの「新しい分野を生み出す必要がある」ということを米国に行って強く感じました。具体的に何をチャレンジするのかは決まっていませんが、新しい分野を作りたいという思いは常に持っています。
――最後に、医学生や若手医師にメッセージをお願いします。
私は、長期のプランは立てないんですよ。10年後の世界はもっとテクノロジーが進み、今想像できないくらいワクワクすることやチャンスに溢れているはずなので。キャリアとして何が正解なのか、目標や進むべき道が分からなくて悩んでいる方も多いと思いますが、それに対して悩む必要はないと思います。目標や正解が見つからなければ、逆に自分にとって面白くないこと、やりたくないことをピックアップし、消去法で「やりたいこと」を見つけていってもいいと思います。今は100年ライフの時代なので、1年や2年を無駄にしても大丈夫。自分の気持ちに素直に行動することで、本当にやりたいことが見つかるのではないでしょうか。
<プロフィール>
飯村 傑(いいむら・たけし)
エルゼビア・ジャパン株式会社/
『今日の臨床サポート』編集長
飯村 傑
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