記事・インタビュー
第3回 認知バイアスを乗り越えろ!
あぁ、少しずつ心が躍りだす出雲の春が近づくとともに、「いとしさと、せつなさと、心強さと」が交錯して複雑な気分になる3月ですね。この時期どの指導医にとっても一番つらいのは、せっかく仲良くなった(一生懸命教えた?)研修医が、それぞれの道に向かって旅立っていくことかもしれませんね。もちろん自分もそのように送り出してもらったのですが。その中で一番記憶に残っているのは、恩師である徳田安春先生からの両国のちゃんこ鍋屋さんでの激励会です。新渡戸稲造先生の『武士道』の書を渡されながら「私のように臨床・教育・臨床研究の3本柱をバランスよく指導できる人材になってほしい」と言われたことを思い出します(しかし未熟な自分には、なぜイナゾウ先生の武士道であったのかはいまだに感得できておりません)。私のように才能も特技もない人間は、地方国立大で実験や基礎医学の研究で世界レベルを狙うよりは、ニッチな領域を得意分野として、バランス感覚で勝負する方が希少価値が出るのかもしれないと考え今に至るわけです。だって、本来大学医学部の使命の3本柱は、臨床・教育・研究であると言われていますもん(研究と臨床はいいとして、教育は…頑張れ日本!)。
第1回、第2回はウラ診断学の話をしましたが、今回のテーマは「認知バイアスを乗り越えろ!」です。前回、将来的には偽陽性などのOver diagnosisなども含まれる可能性もありながら、現段階での診断エラーの定義は「診断の遅れDelay、診断の誤りWrong、診断の見逃しMiss」1)であり、知識の不足と言うよりはちょっとした思考過程の歪みを起こす認知バイアスこそが原因の主であるとされるのでした。診断学の認知バイアスは欧米を中心に非常に注目を浴びて研究されており、既に100以上の認知バイアスが提唱されています。
ここで架空の症例を分析してみましょう。今日は研修医である自分の送別会があり絶対に早く仕事を終えたい状況にあるのに、いつもの怖い看護師さんが勤務に入っています。慢性膵炎で繰り返し救急搬送歴がある飲酒中のホームレスの50歳男性が、16時45分(申し送り時間15分前!!)に腹痛を主訴に搬送されてきました。異臭もあるし、ひどい酩酊です。どうせまたいつもの膵炎だと考えてやや放置気味にしていたところ、結局は大動脈解離の診断でありました。
さて、この症例。申し送り時間前というだけで強烈なバイアスになり得ますね!「事件は会議室ではなく、申し送り直前に起きてるんだっ!」と声を大にして叫びたいです。このように疲れている時や時間に焦っている場合は、肉体的・精神的に一番楽に処理できる思考に引っ張られやすくなるというHassle Biasの影響を受けやすいです。もしかしたらアルコールやホームレス、搬送歴などの要因から、この患者に陰性患者のイメージを持ってしまい判断が鈍った可能性があります。この場合は本能的感情で判断が左右されるVisceral Biasが当てはまります。また、前回の診断名を容易に連想したことによるAvailability Bias(想起しやすいものを考えてしまう)や、他の鑑別疾患を考慮することをやめてしまうPremature Closureというバイアスがあったのかもしれません。このように、診断エラーのケースを深く分析するとさまざまな認知バイアスが複雑に重複していることが分かりますね。
内科医の集団を対象としたある研究では、1つの診断エラーに対して平均6つ以上の認知バイアスの影響が関与していると報告されています。私がやっている臨床医の最も記憶に残る診断エラー症例を解析した研究でもおおむね同様の結果が出ています(論文化に乞うご期待!)。
自分のカッコ良くない部分を振り返るのは勇気が必要な作業ですが、臨床医としての実力を上げるためには自分の弱点を知る作業が極めて重要です。おっと、書いていて気づきましたが、もしかしてあの時、恩師が稲造先生の『武士道』を餞別(せんべつ)にくださった意味は、プロとして自分を内観して成長せよということなのかしら。
和足 孝之(わたり・たかし)
2009年岡山大学卒。湘南鎌倉総合病院、東京城東病院を経て、2015年度マヒドン大学臨床熱帯医学大学院へ。2018年よりハーバード大学GCSRT在籍中。2016年より現職。あふれる情熱で臨床教育に力を入れている。
■参考文献
1)Graber ML, Franklin N, Gordon R. Diagnostic Error in Internal Medicine. Arch Intern Med. 2005;165(13):1493-1499. doi:10.1001/archinte.165.13.1493
Dr.和足のしまねから“こんにちは”
- (1)「診断エラー学」
- (2)診断エラーと認知バイアスについて
- (3)認知バイアスを乗り越えろ!
- (4)医師こそ、もっと寝かせなさい!!
- (5)あの指導医はヤバイと言われないために
- (6)ヤバイ医師に変貌する自分
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和足 孝之
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