記事・インタビュー
第2回 診断エラーと認知バイアスについて
冬の出雲。地名はその地の空気を表しているとはよく言ったもので、かなりお天気が悪いです。僕の基本スペックは南国男の気質なので、この時期は春が訪れるのをじっと待つ修行の季節です。さて、前回は診断エラー学の話で、周囲からも読者数6万という最大級の医師向け雑誌で、ついに陸の孤島しまねからニッポンの何かに対して発破をかけ始めたと、勇気をもらえるコメントを頂きました。今回は全ての医師が日常的に遭遇する診断エラー(診断の遅れDelay、診断の誤りWrong、診断の見逃しMiss)1)と認知バイアスについて踏み込んでみましょう。
臨床を頑張る医師ほど必ず遭遇する診断エラーですが、できるだけしたくはないですね。一番簡単な克服方法は、臨床から完全撤退すること(ゴメンなさい!事実です)!現実的なレベルでは、苦手な領域には手を出さないこと!しかし、これも円滑な医療を提供するために、非常に難しい問題であります。しまねのような日本の最先端を走る高齢化トップリーディングエリアでは、遠く離れた場所まで高齢の患者さんたちを紹介することも実質不可能で、費用対効果が低すぎます。
勉強したらいいではないか?!確かに正論かもしれないのですが、それは表の診断学。それだけでは済まないのですね。そう、ここは裏側の診断エラー学を学んでみることが重要です。
診断エラーに遭遇する原因をどのように考えたらよいでしょうか?一つの例として、3つの要因が絡み合って影響しているという考え方があります。まずは医師のストレス、診療の時間帯、勤務形態、設備や人手などが原因であるとされる状況要因。次に過少(ないし過度も)の病歴・検査・診察などから得られる情報の収集過程とその解釈に問題があるとされる情報収集要因。最後に統合要因といって「認知バイアス」という直観(直感)が医師に与える強烈な負の影響などが複雑に相互作用していると考えられています。2)最後の認知バイアスについては、今の時代Must Knowです。これは2002年にダニエル・カーネマンが応用してノーベル経済学賞に結びついた「Thinking, Fast a nd Slow」の考え方が、近年臨床医の思考過程と診断プロセスを説明するのに応用されているものです。3)速い思考のSystem1=直観的診断と、遅い思考のSystem2=分析的診断がお互いに相補的に使い分けられながら的確な診断に結び付いていると考えられています。例えば「突然発症の人生で一番の激しい頭痛」とくれば、クモ膜下出血を想起しますね。ベテラン医が瞬間的に下すこの直観的判断は非常に芸術的であるだけでなく費用対効果が極めて高いのですが、欠点として一度認知のゆがみが発生するとその思考パターンは修正が難しく、その時の喜怒哀楽などの感情や、忙しさや疲労、環境要因などから影響を受けるので診断エラーに直結しやすいことが分かっています。このようにエラーに至る場合の直観を特に認知バイアス4)と呼んでいるのです。これをお読みになっている先生方も臨床をやっている以上は、毎日この認知バイアスに多大な影響を受けているはずです。
わが国の医療安全の歴史を見ると、患者取り違え事件や消毒液混入などシステムエラーが取り上げられ、対策の検討がされてきました。しかし僕が行っている診断エラーの研究の一つ「本邦の医療訴訟3200判例の解析からみる診断エラー」5)では、医療訴訟判例の多くで医師の診断エラーが関与しており、社会的インパクトは極めて大きいことも分かってきました。しかし、何となく医療の臭いところにふたがされて熟成するまで放置してきていたような気がしています。
誰しも自分のネガティブなところをなるべく見たくないと思います。どのような時にその認知バイアスに影響を受けてしまうのか、診断エラーに遭遇しやすいかについて、意識しながら臨床と対峙(たいじ)することはとても重要です。カッコ良くはないですが、どうすれば防ぎ克服することができるかについて内省するウラ診断学を学ぶのも、実臨床に直結していて有用だなぁと感じています。
和足 孝之(わたり・たかし)
2009年岡山大学卒。湘南鎌倉総合病院、東京城東病院を経て、2015年度マヒドン大学臨床熱帯医学大学院へ。2018年よりハーバード大学GCSRT在籍中。2016年より現職。あふれる情熱で臨床教育に力を入れている。
■参考文献
1)Graber ML, Franklin N, Gordon R. Diagnostic Error in Internal Medicine. Arch Intern Med. 2005;165(13):1493-1499. doi:10.1001/archinte.165.13.1493
2)Kahneman, Daniel(2011). Thinking, Fast and Slow(1st ed.). New York: Farrar,Straus and Giroux.
3) Bordage G. Why did I miss the diagnosis? Some cognitive explanations and educational implications.Acad Med. 1999 Oct;74(10 Suppl):S138-43.
4) Croskerry P, Singhal G, Mamede S. Cognitive debiasing 1: origins of bias and theory of debiasing. BMJ Qual Saf. 2013;22 Suppl 2:ii58-ii64.
5) Watari T, et al Malpractice Claims Related to Diagnostic Errors in Japan. 11th International Conference, New Orleans, USA. 10/8-11,2018
Dr.和足のしまねから“こんにちは”
- (1)「診断エラー学」
- (2)診断エラーと認知バイアスについて
- (3)認知バイアスを乗り越えろ!
- (4)医師こそ、もっと寝かせなさい!!
- (5)あの指導医はヤバイと言われないために
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和足 孝之
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