記事・インタビュー

2019.10.01

Dr.和足のしまねから“こんにちは”(1)

第1回「診断エラー学」

皆様、初めまして。憧れに憧れた!?国立大学医学部教員として、ココしまねから医師にとって「ちょっとだけためになる」何らかのtipsを毎回ご提供させていただくことになりました。何で、しまね?(島根)なのかと言いますと、「島根」(漢字識別能力が高い人のみ理解可能)と言われたり、「砂丘がある方だっけ?」と皮肉を言われたり、手のひらに爪が突き刺さるほどの悔しい思いを(中島みゆき風)してきましたので、どうせなら島根をタイトルにして日本の最先端(高齢化社会で高齢者すら減少しだした)島根県を盛り上げていこうという魂胆です。この場を借りて関係者の皆様、読者の皆様に感謝です!

前述した通り、私は大学教員になるため縁もゆかりもない島根に来てもうすぐ3年です。私の講義中に、スマホで熱心に何かを調べたりはやりの集団瞑想をする好意的な態度の医学生さんたちと日々対峙(たいじ)しながら、どうすれば古典的医学部教員達と「ゆとり世代」の医学生とのはざまで、双方にとって効果的かつ効率的な医学教育が提供できるか?日々苦悶(くもん)苦闘しております。

日々苦闘している研究もありまして、私が行っているテーマは医師の診断エラー学です。以前より日本で使われてきた「誤診」という一般的な言葉では説明できない広範囲の定義が作成されつつあります。現在、医学的には診断エラーは「診断の遅れDelay、診断の誤りWrong、診断の見逃しMiss」が主でありましたが、①2018年国際学会DEM*でもあったように、今後は発展途上国のUnderdiagnosis(検査することができない環境)や先進国諸国でのOverdiagnosis(検査をしすぎてその解釈の問題)も含まれる概念になっていくかもしれません。

米国での調査によると重症患者が次々と来院する救急の現場では、初診時に最大10%ほどの診断エラーが起きている可能性や、限られた医療資源と複雑な情報や幅広い症状から診断を絞り込む必要があるプライマリ・ケア領域で最大15%程度の診断エラーに遭遇している可能性が指摘されています。また上記の定義から、結果的に年間4万~12万人(米国内のみ)が診断エラーによって死亡しているとも予測されました。②わが国の医療水準が米国よりも高いレベルであったと自画自賛しても、診断エラーが原因で亡くなられている方は年間で少なくとも1万人はいるかもしれないと推測されています。医療経済学的な側面からも日本の診断エラー研究の今後は興味深いですね。

「何だこいつは同じ医師のくせに、危ないやつだ!けしからん!」、「ゲゲッ、ドキッ!」と頻拍になられた先生方、安心してください。決してこの内容をネガティブに捉える必要はありません。これまで本邦ではアンタッチャブルな領域として研究されなかっただけなのですが、2018年現在、すでに世界中で確立された学問としてますます盛んになっております。そう、診断エラー学は毎日のように臨床医が必ず遭遇する診断エラーをどのように対策し乗り越えていくかという、極めてポジティブかつ壮大な研究テーマなのであります。

自分を例に挙げると、卒後10年目ぐらいまではいかに効率良く、最短で診断するか?ということを目指して実践してきました。しかし、これは臨床医が行っている診断プロセスの光が当たるカッコイイ表側に興味を持っていたにすぎません。「丁寧な病歴聴取とレーザービームのような身体所見の技を繰り出して診断することが全て」のように鼻息荒く信じておりました。

臨床家としてベテランの先生になればなるほど、辛酸をなめた経験を数多くお持ちであると思います。そしてこれは、診断のウラ側になります。これまで省察する場もなかったと思いますが、実はこの辛酸こそが臨床力を上げる絶好の糧となり得ます。自らの診療を振り返り、学び、明日からの成長につなげる過程がこの診断エラー学のポジティブかつ重要な考え方になるのです。これだけ医師の日常に直結した重要テーマではありますが、比較的自由なしまね大学を除いて正式に授業で教えているところはないかもしれません。孫子の兵法書にある「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」の言葉通り、そろそろ敵(表側の診断学)だけでなく、己(裏側の診断エラー学)についても教えるべき時なのではないかと、そんな夢を描いております。

和足 孝之(わたり・たかし)

2009年岡山大学卒。湘南鎌倉総合病院、東京城東病院を経て、2015年度マヒドン大学臨床熱帯医学大学院へ。2018年よりハーバード大学GCSRT在籍中。2016年より現職。あふれる情熱で臨床教育に力を入れている。

 

※ドクターズマガジン2019年1月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

 

■参考文献
①Graber ML, Franklin N, Gordon R. Diagnostic Error in Internal Medicine. Arch Intern Med. 2005;165(13):1493-1499. doi:10.1001/archinte.165.13.1493
②National Academies of Sciences. Engineering, and Medicine. 2015. Improving Diagnosis in Health Care. Washington, DC: The National Academies Press.
*Diagnostic Error in Medicine(診断エラーの国際学会の略です : https://www.improvediagnosis.org/page/Diagnosis

 

Dr.和足のしまねから“こんにちは”

  1. (1)「診断エラー学」
  2. (2)診断エラーと認知バイアスについて
  3. (3)認知バイアスを乗り越えろ!
  4. (4)医師こそ、もっと寝かせなさい!!
  5. (5)あの指導医はヤバイと言われないために
  6. (6)ヤバイ医師に変貌する自分

 

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和足 孝之

Dr.和足のしまねから“こんにちは”(1)

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