記事・インタビュー

2019.05.24

イギリスで家庭医として働く(3)初期研修医~GPの専門医取得 編

イギリスのメディカルスクールを卒業後、家庭医(General Practitioner、以後GP)として10余年活躍し、2016年に日本に帰国された佐々江 龍一郎先生。今回はいよいよ初期研修病院選びからGPの専門医取得についてです。

初期研修医

――イギリスも日本同様、マッチングを利用して初期研修病院を選ぶのでしょうか。

はい。イギリスも日本同様にマッチング制度があります。マッチング参加者は、地域とプログラムを選択します。研修病院側の判断基準は2つで、「大学の最終試験の成績」と「状況判断テスト(Situation Judgement Test)」です。

状況判断テストはいわゆる心理テストのようなもので、例えば医療の現場の仮設シナリオに対して「あなたはどういう対応するか?」という問いに、優先順位をつけて回答するスタイルです。印象的だったのは、「医療のジレンマ」をテーマにした問題です。

――医療のジレンマとは?

患者の守秘義務について、法律上、倫理上、どう対応するかです。一例を挙げると、
――ある日患者の家族から電話がありました、その際あなたはどのように回答しますか、選択肢の中から選びなさい。――
このように、知識を問われるのではなく、どのようにアクションを起こすのが正しいのかを問われるものです。日本ではあまり聞かないですよね。

――初期研修プログラムはどのようなものでしたか?

初期研修は日本と同じ2年間のプログラムです。1年目はRoyal Derby Hospital、2年目はKing’s Mill Hospitalで研修しました。両院ともノッティンガム大学から近く、400床規模で、同期は20名くらい。

必修科目は「内科」「外科」「救急」で、4ヶ月ごとのローテーションでした。現在は3ヶ月ごとになっているかもしれませんが、日本のように1ヶ月ごとに回るスーパーローテーションではありません。

――初期研修について率直な感想を教えてください。

とても大変でした。みんな同じ意見だと思います(笑)。ただ、私が研修医になったころは、2004年にヨーロッパで始まった労働時間規制(European Working Time Directive)の流れが医療分野にも広がってきていたため、勤務医の労働時間も週58時間に規制されていました。

だから我々研修医よりむしろ上級医の先生たちの方が、限られた時間の中で従来と同じ業務を行い、さらに指導もしなければならず、とても大変だったと思います。今思い返すと、イギリス中の病院が大きなパニックに陥っている時代でした。

一方で、イギリスは日本のような主治医制ではなく当番制なので、勤務のメリハリははっきりしていました。3日連続で当直して3日連続で休むというようなこともありました。当直も労働時間に含まれるので、3日間は完全にオフでした。有給休暇については、イギリスでは消化するのが当たり前ですが、日本は逆ですよね。これについては現在、私自身が少し戸惑っている部分でもありますが、やはりカルチャーの違いなのでしょうね(笑)。

――日本では「働き方改革」が議論になっています。イギリスは労働組合が強いイメージがありますが、医師の労働時間や有休取得についても厳格に定められているのでしょうか。

規定されているわけではないと思います。しかし2000年以降、イギリス政府に雇用条件の改善を求めるジュニアドクターのストライキが度々あります。医師のストライキなんて日本では考えられないですよね。また、そのときに活躍するのが英国医師会(British Medical Association)で、医師の権限を守ってくれる、とてもパワフルな組織です。医師の雇用問題、契約、給与、年金といったさまざまな日常の問題にも相談にも応じてくれる団体でもあります。

GPの専門医取得

もう一人の後期研修医(左)と指導医 Dr. Humphrey(中央)と診療所にて。

――佐々江先生がGP専門医になろうと思ったのはなぜですか。

イギリスも日本同様、高齢化社会が急速に進んでいます。慢性期疾患の患者が多く、コミュニティに返してもすぐに病院に戻ってくる患者さんたちを見ていて、私は医療が機械的で、どこか冷たい感じがしていました。病院が提供する医療の限界を感じ始めていた折、初期研修2年目にGPを見学できるスキームに2週間参加したところ、「GPこそ、私が思い描いている人間味ある医療を実践している!」と実感。それがGPになった大きなきっかけです。

――GPの役割について教えてください。

イギリスでは、患者が自分の行きたい病院にかかれるフリーアクセスではなく、患者はまずGPに登録し、その診療所で医療を受けます。だから特別な理由がない限り、GPが患者を継続的に見ていくシステムになっています。医師は継続的な医療の提供を通して患者の生活に関わる機会が増え、患者の人生そのものに携わっていくことで喜びや満足感を得られ、同時に、患者の満足度や安心感も上がっていきます。GPはイギリスの社会にとって、なくてはならない存在となっています。

――GPになる医師は多いですか?

医師の30%くらいはGPになることを望んでいます。面白いのは、医学生時代は一般科のスペシャリストになりたいと言っていたのに、研修医が終わるとGPになりたいと言う人が一気に増えることです。YouGov Pollという国営の団体が行った調査でも、国民の80%がGPをリスペクトしているという結果が出ています。こうした数字を見ても、イギリスでGPは非常に人気のある科目であることが分かります。

――GPは1日何人くらいの患者を診るのでしょうか?

フルタイムのGP1人あたり、平均1,600人の患者が登録しています。診療所ではグループ診療を行うのがトレンドになっていて、GP5人ほどで診療を行うのが一般的です。個人診療所の割合は全体の10%くらいではないでしょうか。理由は「1人だとスケールメリットがない」「いろんなサービスを患者に提供できない」「質の管理が難しい」などデメリットが多いことです。

――GPの専門医取得までのプロセスを教えてください。

私の場合、3年間の後期研修で前半1.5年は病院でのローテーション、後半1.5年は診療所でGP trainerと師弟のように二人三脚で学んでいくトレーニングを行いました。GP trainerとは日本でいう指導医で、GPとして最低限の経験があり、卒後の教育資格がある医師のみが研修医の指導にあたります。

病院のローテーションでは家庭医に関連する産婦人科や小児科を回り、地域でのジェネラリストとして必要な知識や手技を実践的に習得。こうして家庭医療の教育を標準化し、義務化することによって、英国ではプライマリーケア全体の標準化と質の向上を目指しています。

――GPのトレーニング内容を教えてください。

トレーニングはとても実践的で、基本は外来患者の対応です。診療所は予約制なので、初めは1枠30分くらい、慣れてきたら1人10分くらいで診療していきます。その日の外来が終わると、GP trainerと一緒に症例をディスカッションしたり、リフレクションしたりしていました。

特徴的なのはビデオレビューで、録画していた患者との診察風景をGP trainerと一緒に見て、「これはこういう風に話した方がいい」とか「この人は言いたいことがあるのに、あなたに言っていない」というアドバイスをもらいます。GPのトレーニングはこのように、コミュニケーションスキルを向上させることを第一に設計されています。GPを言い換えるならば、「コミュニケーションに気を使う専門家」であると思います(笑)。

――GPの専門医試験はどのような内容ですか?

試験は大きく3つに分かれます。

● AKT(Applied Knowledge Test)
筆記試験で合格率も高く、それほど難しくはないと思います。

● WBA(Workplace Based Assessment)
勤務先のスタッフや患者からの評価などを数字化して評価されます。

● CSA(Clinical Skills Assessment)
模擬患者での実技試験。合格率が80%くらいなので、3つの試験の中では一番ハードルが高いと思います。

専門医試験の狙いは、「GPの標準化」です。基礎トレーニングを受けて3つ試験にパスすることで、患者に「安心してGPの診療を受けられる」という安心感を与えることができると考えています。中でも、患者から信頼される最も重要な要素が「コミュニケーション」なので、GP専門医になるためには徹底的にスキルの向上が求められます。

――「患者中心の医療」についてもう少し詳しく教えてください。

「患者中心の医療」というと日本人医師から誤解されやすい部分があり、これまでも多くの質問を受けました。当然のことながら、「患者中心の医療」とは、患者の言う通りに医療をすることではありません。

私が考える「患者中心の医療」とは、患者の社会背景、家族構成、精神面などを考慮したうえで、患者と一緒になって患者にとって最良の選択肢を一緒に考え、問題解決を促す。例えば夫婦関係が原因でうつ病の患者であれば「リレーションシップカウンセリング」に紹介するなど、一緒に問題を考え、患者に寄り添う医療のことだと思っています。この考え方はイギリスでは既にエビデンスが出ていて、患者の満足度やコンプライアンス、ケアの質も向上する、もはやサイエンスの領域です。だからこそ体系的にトレーニングすることが重要なのです。

地域の医療はとても特殊です。だからこそ、地域医療をしっかり学んでから、そのコミュニティで働くことが重要だと思います。日本のように地域医療や家庭医療以外のスペシャリストが総合診療科として地域で開業するのは、イギリスの医療と比較すると対照的ではあります。

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佐々江 龍一郎(ささえ・りゅういちろう)
NTT東日本関東病院
総合診療科・国際診療科 総合診療医

1981年4月生まれ。2005年ノッティンガム大学医学部卒業。イギリスでGPの専門医を取得し、キングスミル病院、ピルグリム病院、テームズミードヘルスセンター、ウエスト4家庭医療クリニックなど、イギリス内の医療機関で約10年間GPとして活躍。2016年に日本の医師免許を取得し、帰国。2017年からNTT東日本関東病院総合診療科、国際診療科に勤務。 詳細はこちら:https://connect.doctor-agent.com/article/column139/

佐々江 龍一郎

イギリスで家庭医として働く(3)初期研修医~GPの専門医取得 編

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