記事・インタビュー

2022.03.11

【Doctor’s Opinion】”コロナ禍での日米の医療の光と影”

洛和会本部参与 洛和会京都厚生学校長

松村 理司

 コロナ禍の中で、米国は感染者数も死者数も世界一である。人口は世界の4%なのに、コロナ犠牲者は15~20%と、自省や揶揄がしかりである。安易な外国批判は避けたいが、それにしても、マスク装着を毛嫌いし、コロナ禍を軽視した前大統領の責任は重い。粗雑な自然科学観で公衆衛生的常道を無視し、世界に冠たるCDCやFDAに不当な圧力をかけた。世界の医療をけん引する科学や臨床重視の姿勢はどこに行ったのだろう?米国医療の暗い影。
と嘆いていたら、有効で安全なワクチンを次々に製造し、医薬技術大国としての底力をまざまざと見せつけてくれた。コロナ関連論文数も世界有数である。米国医療の光。

翻って日本。医療制度上の数々の欠陥がメディアをにぎわせた。先進諸外国と比べてPCR検査数が圧倒的に少ないことも、当初の大きな批判の対象になった。時の厚労相や首相が公に是正を確約しても、不思議なくらい動かなかった。何度も発出された緊急事態宣言だが、良くも悪くも、欧米流のロックダウンのように法的規制の強いものではなかった。にもかかわらずコロナ被害が少なかったのは、「3密」回避・マスク着用遵守の姿勢に象徴される公衆衛生的な「民度の高さ」に他ならない。

ワクチン接種も着実に増加していたが、昨夏に第5波を迎えてしまった。緊急事態宣言下でのオリンピック開催の直後にピークを来し、中等症以上なのに入院できず、自宅待機のまま在宅死に至る悲劇が次々に報道された。結局、この医療逼迫・医療崩壊が時の政権の命をも奪うことになった。皮肉なことに、第5波は急速に収束したけれど。

ここで問題を提起し、できれば解決策を模索したい。その問題とは、感染者数や重症者数や死者数を欧米諸国と比べると、ピーク時においてすらその数が少なく、かつ人口当たりの病床数自体は数倍ある日本なのに、なぜ医療逼迫が起きたのかという、あちこちで耳にする疑問である。これもすでに指摘されてはいるが、「ICU などの急性期重症者用病床や人的配置が欧米先進国標準以下だから」が、小生の考えの一つである。2020年春に医療逼迫に見舞われたイタリアと比べても、人口当たりのICUは4分の1でしかない。平時の備えが足りないというか、ゆとりが全くないのである。

30年近く前の一つの逸話を紹介したい。日本の国民皆保険の効能を知るために来日した米国のサリバン保健福祉長官(医師でもあった)が、国立がんセンターを1週間視察した後で、次のようなコメントを発している。「米国は医療費にGNP の13.5% を使っているが、経済大国日本の医療費はその半分にすぎない。しかも、病室は雑魚寝で、浴室は共用。まるで1950年代の米国の病院のようである。米国人にはとても耐えられない」。次期大統領夫人となり、医療改革を行おうと志したヒラリー・クリントンは、日本の医療を概観し、こう呟いている。「聖職者さながらの自己犠牲であり、米国の医療従事者には真似できない」 。

平時からの不足は「箱」だけではない。「人」も先進国水準よりかなり劣る。医師・看護師も足りないが、それ以外の医療従事者数を米国と比べると、数分の1以下である。国民皆保険制度下での「アクセスのしやすさ・低コスト・良質さ」は日本の売りだが、安普請感が拭えないという弱点もあるのだ。日本の医療の光と影。この影を克服することの是非や負担の出所に関する議論こそ、国政選挙の争点の一つであるべきだった。

小生の考えはもう一つある。総合医の不足の放置である。日本の医学界の指導層にその必要性がほとんど理解されていない。コロナ入院患者を担当する感染症医や集中治療医や呼吸器科医の不足は指摘されている。その通りだが、これらの専門医の活躍を支える病院総合医の質量こそが足りないのだ。人口換算してもコロナ死者数が日本の十倍以上の米国での入院医療の底辺は、7万人を超えるホスピタリスト(病院総合医)が担った。

このように第5波で見られた医療逼迫は、国家政策や医療界の姿勢から見ると構造的・必然的なものだった。これに懲りて、現在第6波に向けて新政府から改善策が発表されている。公立・公的病院のコロナ病床を少しずつ増やし、また「幽霊病床」を抑制し、病床使用率を上げようとの方針である。もちろんこれで、想定内の風波には何とか対応できよう。しかし、これまで欧米を襲った暴風雨や、将来のコロナを超える規模の医療厄災に対する防波堤としては、小手先の弥縫策にしかすぎまい。

松村 理司 まつむら・ただし

 

1974年京都大学卒。京都市立病院、沖縄県立中部病院を経て1983年米国バファロー総合病院、コロラド州立大学病院に留学、1984年市立舞鶴市民病院、2004年洛和会音羽病院院長、2013年洛和会ヘルスケアシステム総長、2018年米国内科学会名誉上級会員、Honorary Fellow受賞、2021年より現職。日本に大リーガー医を招聘し、診断推論を総合診療に定着させた。「ドクターの肖像」2020年2月号に登場。

※ドクターズマガジン2022年1月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

松村 理司

【Doctor’s Opinion】”コロナ禍での日米の医療の光と影”

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