記事・インタビュー
東京医科大学
呼吸器外科・甲状腺外科 主任教授
池田 徳彦
医学の最先端の研究成果は海外の施設から発信されることが多く、留学してそのような高レベルの環境で仕事をしてみたいという願望は、多くの若手医師が潜在的に有することであろう。
外科系医師の留学としては臨床医学あるいは基礎医学を主体としたものに二分される。
臨床主体の留学としては、臓器移植に代表されるように、日本以上に歴史と実績がありシステム化された内容を学ぶことにある。臨床が許可され集中的に手術経験を積むことは資格を得た医師にのみ可能であり、一流の手術技術を把握しながら留学先のタイムスケジュールに身を任せることにより、医療システムの違いを実感できるメリットがある。他国での臨床ライセンスを取得しHigh Volume Hospitalで過ごしているうちに力量を認められ、スタッフとして残留する日本人も散見される。
臨床見学の許可のみを得た場合でも、自施設の手技と比較することにより、良い点を確認しつつ改善すべき点も見えてくる。国内外を問わず、他流試合の価値はここにある。
一方、Academic Surgeonを目指し研究主体の留学生活をする場合が大半を占める。
留学先が何らかの分野で業績が優れているとの情報を得て、大規模かつ先端的な施設で集中的に研究することが志望動機となった場合が多いと想像する。日本での臨床技術の修得が一段落した時期に、かねてから関心を有していた研究を極めたいという気持ちが高まったり、日常で感じているClinical Questionを基礎研究で根底から解決することに熱意を覚える場合もあるだろう。異国での臨床を行うことは複数のハードルが存在するが、その点、基礎研究は受け入れの制限が少ない。とはいえ、本業である外科医としての知識や技術修得に多くの時間を費やしてきた若手医師が、海外の優秀な研究者と基礎研究の舞台で競って勝ち抜くことは容易ではない。最近では、基礎研究の成果が高速で臨床に応用されるので、留学前から最新の基礎研究の知見にアンテナを張って、準備しておくことも必要であろう。一定の研究レベルに達していなければ、最先端の研究に参加させてもらう機会は得られないかもしれない。逆に、海外では年功序列よりも、良いアイデアや高い研究能力は年齢や立場を問わず評価されることが多いので、臨床医の視点から独創的で意義のある研究を提案していくことにより、インパクトのある研究に参加するチャンスや、同僚からの信頼が得られることもあるだろう。
私が1993年にカナダ留学した際は運よくBritish Columbia 州での臨床許可を得ることができた。Vancouver General Hospitalでの手術や検査に参加しながらBritish Columbia Cancer Research Centreで研究を行う生活であった。最初は上司をFirst Name で呼ぶことがためらわれたのを記憶している。そしてそれ以上に職場での上下関係を超えた活発な議論に「異文化」を感じたものである。
日本は欧米と比較して議論になりにくい雰囲気があるようだが、議論の無い満場一致は必ずしも完璧を意味するわけではなく、不完全な結論に導かれる可能性もある。意見を言うことは反対するという意味ではなく、正しい筋道に向かわせるための建設的な行為であり、組織の一員としての義務でもある。特に北米は世界中から人が集まり、多様性に富む社会であるため、コンセンサスに至る過程は重要なのだ。
そもそも、多様性とは言語や国民性の違いのみではなく、広い意味での個性である。海外ではお互いのやり方を尊重し、日本ほど周囲に干渉しない。従って、逆に自ら主張しないと個性や存在感が見えにくいと評価されるおそれがある。積極的に自分の考えや希望を発信することが、他者との関わり方の基本であると発想を変えなければならない。異文化を感じつつも適応していくことが、世界標準の考え方や行動を修得することになる。インターネットが発達し、あらゆる情報が机上で瞬時に入手できるようになっても、自ら異国の環境で多くの人と接して得た経験に勝るものはない。世界中から人が集まる場所で自然と国際的な競争力も磨かれていく。
帰国後は海外で培った交流関係を継続し、距離を隔てながらも協力し、時には切磋琢磨する。欲しい情報などがあったら寝る前に海外の友人に依頼する。起きた時には返信が来ているはずである。こちらも依頼された時には同じ行動をする。一緒に修業した仲間意識は何物にも代えがたい。
いけだ・のりひこ
1986年東京医科大学卒業。1993年ブリティッシュコロンビア大学へ留学。2002年東京医科大学外科学第一講座講師、2005年国際医療福祉大学三田病院呼吸器外科教授を経て2008年より現職。2013年2月号ドクターの肖像に登場。
※ドクターズマガジン2020年3月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
池田 徳彦
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