記事・インタビュー

2020.04.24

【Doctor’s Opinion】臨床医が目標とすること

京都府立医科大学 特任講座
感覚器未来医療学 教授

木下 茂

 Artificial Intelligence (AI), Big Data, Real World Data(RWD)などの必要性が叫ばれている。あえて逆説的な人間の持つ感性を重視する発言になる可能性もあるが、70年に近い人生を過ごしてきたからかもしれない。

人というものは、何事においても、自分の視点で捉え、考え、判断し、相手の立場や相手の視点で物事を捉えることは得意ではない。また、感性と理性、創造と伝統、アナログとデジタル、いずれをも共存させながら物事に対処できる人もそう多くはない。しかし、それらを持ち合わせようと努力し、単一性ではなく多様性を認めようとする心の広さと温かさを求め続けることは大切である。このような視点で捉えても、読書は大きな意味を持つ。歴史、文化、風土の異なる地で育った人間がさまざまなことをどのように捉え、考え、判断するのかを知る、少なくとも想像できる機会になり得る。

読むことと書くことについて、私にはバイアスの入った見方がある。一般に、英国人、米国人そしてフランス人の教養のある若者はよく読み、よく書き、そして文章を非常に大切にする。一方、日本の理系に属するといわれる若者の多くはそうではない。日本の教育システム、そして「大学時代をどのように過ごしたか」と関連するのかもしれないし、リベラル・アーツへの造詣の深さに関係があるのかもしれない。医科学を志す日本の若者が、ぜひさまざまなジャンルの読書を楽しむことを期待する。

昭和の時代に医学部を卒業した私には、図書館の雰囲気はその独特の静寂とともに知の大切さを伝えてくれた。欧米の有名大学の図書館は、ほぼ一年中、夜中まで使用できる。昨今、デジタルジャーナルが氾濫する中で、図書館というハードウエアの価値はややもすれば低下傾向にあるが、人間の知的活動を高める優れた場であることには違いない。

さて、私が医療の分野で個人的に目標の一つとしてきたものは「be international」である。自らの診療や研究レベルが世界に通用するかどうかを意識すること。そして、二つ目の目標が「優れた臨床医」。言い換えれば、「患者に最善の治療を提供できる医師でありたい」ということである。日本の医学教育では、「教育」「臨床」「研究」、この三つは並列して、同じ重みをもって論じられることが多い。しかしながら、「教育」とは確立した診断や治療、あるいは医学・医療に必要な知識、医師としての倫理・心構えを伝えることであり、臨床科における「研究」は治らない病気を治るようにするためのもの、言い換えれば「未来の治療」を模索することである。「臨床」を核とした一連の時系列の中に「教育」と「研究」があるとするのが、私の考えである。

近年の基礎医学の発展は目覚ましく、次々と新しい知見や研究シーズ、そして技術が示される。そのような中で、臨床を行いつつ最先端の基礎医学の知識をもって臨床医学研究を進めることは至難の技ともいえる。しかし、臨床に立脚した研究、臨床から発した疑問を科学的に解明することこそ、われわれ臨床医が成し得て目標とするものである。それが昨今注目されているリバース・トランスレーショナル研究である。これからも、このような考えの下に、多くの優れた新規治療方法が開発されることを望む次第である。

視点を国際交流に移してみよう。われわれのグループは積極的に学術的、そして文化的な国際交流を行っている。主に眼科分野ではあるが、米国のHarvard Medical School, 英国のCardiff University, Moorfields Eye Hospital, ドイツのFriedrich-Alexander-Universität Erlangen-Nürnberg, タイのChulalongkon University, シンガポールのSingapore National Eye Center などとである。なぜ、このような国際的な施設との交流が必要なのであろうか? 国際共同研究を遂行するためというのはもちろんであるが、この答えは比較的簡単である。国際的に見て自分の常識は通用するのか、自分が持つ医療技術はどうか、考え方はどうか、これらは基準となるレファレンスがあって初めて評価できるものである。自分の持っている常識は、他施設では非常識、そしてその逆ということもままあり得る。最良の医学・医療を目指すのであれば、国内外におけるアップデートされた情報とその科学的事実を冷静にかつ的確に把握していくことが大切になってくる。夢とロマンを持った日本の若手医師が、常に自分の内と外に目を向けながら大きく成長することを心から願っている。

きのした・しげる

1974年大阪大学医学部卒業、1979年ハーバード大学眼科研究員。大阪大学眼科学教室講師を経て、1992年京都府立大学眼科学教室教授就任。2012年京都府立医科大学副学長。2015年より現任。2019年6月号のドクターの肖像に登場。

※ドクターズマガジン2020年2月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

木下 茂

【Doctor’s Opinion】臨床医が目標とすること

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