記事・インタビュー
はな医院 院長
原澤 慶太郎
この数年、人生の最終段階についての話し合いを促す機運があります。私は、適切なACP(アドバンス・ケア・プランニング)には賛成の立場です。そのうえで、3つの注意すべきポイントがあると考えます。
第一に、医療側の都合で強要されたものになってはいないか。医療者であれば誰でも「人生会議」に土足で踏み込むことが許されるかのような勘違いが散見されます。また依然として事前指示書を取ることが目的になっている現場にも遭遇します。ACPの本質は、繰り返される対話と過去から未来へと続く相互理解の過程です。人生を共に振り返る「ライフレビュー」と、いつでもあなたのタイミングで対話を始めましょう、待っていますからという「積極的待機」の構えが鍵となります。その人がどのように生き、どうやって人生の諸問題に対処し、何に喜びを見出してきたのか。対話を、紡ぐ。不確かな未来の選択を共に考えるうえで、とても大切なことです。
第二に、多様性や価値観のゆらぎへの配慮は十分か。医療者は、無意識に自らの価値観を押し付けている場合があります。また気持ちのゆらぎに対して、時間的な制約の中でマイナスな印象を持つこともあるでしょう。しかし、大切な話し合いだからこそ、個々人の価値観が色濃く投影され、気持ちはゆらぐのではないでしょうか。2017年、SudoreらによりACPは「年齢や健康段階によらず」本人の価値・人生の目標・将来の医療ケアに関する意向が理解され共有することを支えるプロセス、と定義されました。私は余命が差し迫っていない人も、この難しさを体験してみることをお勧めします。私たちの開発した「もしバナゲーム」は、余命半年の想定で、自らが人生の最終段階で大切だと思うカード5枚を選び、その理由を語り合う4人用カードゲームです。やりたくない人、やらないと決めた人たちへの配慮として、自由な参加を尊重しています。参加者はゲームを通じて、さまざまな価値観があること、同じカードでも人によって込める意味合いが違うこと、同じ人の中でもカードの意味合いが変化することを体験します。そして、どのカードを選ぶかよりも、なぜそのカードを選んだのかに意味があることに、皆さん気付かれるのです。価値観や物事の捉え方について、たくさんの「引き出し」を持つことは、もう少し今よりも目の前のあなたを分かることにつながるかもしれません。自らの価値観をよく認識したうえで、謙虚な構えで、尊敬と好奇心を持って、困難かもしれないコミュニケーションを立ち上げる。そんな対話を通じて私たちは、不確実で答えのないものに耐える力や、限られた選択肢から納得解を導く力を高められるのではないかと感じ始めています。
第三に、共有のあり方は適切か。その大切な話し合いは代理意思決定者、そして地域で共有されているでしょうか。「もしバナゲーム」は意思決定を促すツールではありません。楽しく遊びながら私たちの心の奥にある価値観や捉え方について考えるきっかけを提供するものです。ぜひ、地域の関係者で集まって「もしバナゲーム」をやってみてください。物事の捉え方は変わるし、心はゆらぐ、そんな体験を共にした地域の仲間たちで語らい、大切な話し合いの共有方法を模索してはどうでしょうか。
論語には、こんな一節があります。子貢は聞いた。「先生、たった一語で、一生それを守っていれば間違いのない人生が送れる、そういう言葉がありますか」。孔子は答えられた。「それは、『恕(じょ)』かな」。自分がされたくないことは人にしてはならないね、そうね、恕かな、と。他を受け容れ、認め、許し、その気持ちを思いやる。人を想うには、自らについても深める必要がありそうです。自分のことを大切に思ってくれる人がいること。自分を必要としてくれるところがあること。もしものための話し合いを、人生の最終段階にある人だけを対象とするものとして矮小化せず、私たち一人ひとりが自らの「生」と向き合うきっかけとして捉え直してみてはどうでしょうか。人生で一番大切なことだと孔子が説いた恕の佇まいに、私たちはもしバナゲームや人生会議を通じて出合い直すのかもしれません。
はらさわ・けいたろう
2004年慶應義塾大学医学部卒業。亀田総合病院にて初期研修、外科・心臓血管外科後期研修。公益財団法人 心臓血管研究所付属病院を経て、2011年より亀田ファミリークリニック館山。東日本大震災後、南相馬市立総合病院へ2年間赴任。2013年亀田総合病院 在宅診療科 医長を経て部長代理。2018年10月はな医院開業。家庭医療専門医、在宅医療専門医。クリニック名は奥さんの名前。
※ドクターズマガジン2019年9月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
原澤 慶太郎
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