記事・インタビュー
北海道勤医協 総合診療・家庭医療・医学教育センター(GPMEC)
勤医協中央病院 副院長 内科科長 総合診療科
臺野 巧
総合診療専門医を育成する専門研修プログラムが始まって1年が経過しようとしている。諸外国の例を見ても質の高いプライマリ・ケアの実現には総合診療医が必要不可欠である。プライマリ・ケアの整備で、より少ない医療費、より良い健康アウトカムそして公平さと関連することが米国の研究によって証明された※1 。2018年のWHOアスタナ宣言ではプライマリ・ヘルスケアの重要性が強調された。オランダでは全医師の約35%が家庭医で、プライマリ・ケアの中心を担っている。オランダの家庭医は保険医療の95%以上をカバーし、それにかかる費用はオランダ総医療費の7%にすぎないことが明らかになった。日本はさまざまな経緯から、その制度が根付いてこなかった。そういう点で、諸外国に大きく後れを取っている。日本でプライマリ・ヘルスケアを中心的に担うのは総合診療医に他ならない。総合診療専門医が飛躍的に増えることが、日本のプライマリ・ヘルスケアのさらなる充実に必要不可欠である。
2018年度および2019年度、総合診療専門研修にエントリーする医師数は伸び悩んでいるのが現状である。新専門医制度の目玉である総合診療専門研修医数がなぜ伸び悩んでいるのか、私見を述べる。他の18領域は各学会に実質的な運用を委ねているが、総合診療だけは専門医機構が直接運営している。新専門医制度の延期が発表された時、総合診療専門医を目指す医師は日本プライマリ・ケア連合学会(以後、「PC連合学会」)の家庭医療後期研修プログラムが受け皿になる、と専門医機構は発表した。しかし、PC連合学会は他の18領域と違い専門医機構の理事からも外されている。総合診療領域の後期研修プログラムを運営してきた学術団体を入れずに、現場を知らない人が制度を決めるという状況下で、さまざまな問題点が噴出した。専門医機構の前体制で総合診療専門研修を担当していたのは副理事長だった松原氏だが、十分な理由説明がないまま内科研修が6ヶ月から12ヶ月に延長された。推奨だったへき地研修が予告なく審査の段階で必須条件に変更になり、不承認となったプログラムが複数あった。へき地研修の必修化は、家庭などの事情によっては総合診療専門医を目指す道が閉ざされることを意味する。また、これらの決定が極めて不透明な形でなされたことに大きな問題があった。制度面での不安定さ、先行きの不透明さ、専門医機構のガバナンスの悪化が、総合診療専門研修を敬遠する一因になったと推測する。2019年度になり専門医機構の体制が一新された。総合診療専門研修の担当理事も羽鳥氏に代わり、さまざまな課題を解決すベくワーキンググループを立ち上げて活発な議論が開始されていると聞いている。今後に期待したい。
現役医学生を対象にした日医総研の調査では、将来専門にしたい領域として総合診療科が第3位(14.4%)だった。しかし、実際に総合診療専門研修を選択する割合は、現状では5%以下である。医学部に入学した時点で、総合的な診療を行いたいと考える医学生は多いが、学年が上がるにつれて専門医志向に変わっていくと聞く。大学病院中心の臨床実習では総合診療領域のロールモデルに出会う機会が少ないが、さらに総合診療に興味があると発言するとそれを否定される「ネガティブキャンペーン」がなされているということを多くの医学生から聞く。「総合診療をやる前に何か自分の専門を持っておいた方が良い」と発言する医師は、総合診療のことを全く理解していないということをここで断言しておく。このような発言やネガティブキャンペーンは当然なくなるべきであるが、諸外国の例を見ても総合診療に関する理解が最も得られにくい職種は医師である。そのため、行政が積極的に制度を導入してきたという経緯がある。2018年12月20日に新経済・財政再生計画改革工程表2018※2が内閣府から出されたが、その中に「総合診療医の養成の促進」が明記された。医療・福祉サービス改革の中で、特定の診療科の医師養成に言及したのは総合診療医のみである。今後は行政の動きにも注視したい。
※1 Starfield B, Shi L, Macinko J. Contribution of primary care to health systems and health.Milbank Q. 2005;83(3):457-502.
※2 https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2018/1220/shiryo_01-2.pdf
だいの・たくみ
1993年札幌医科大学卒業、同年札幌医科大学脳神経外科学講座入局。2003年に札幌医科大学地域医療総合医学講座に所属し、2004年より北海道勤医協中央病院に勤務、現在に至る。同院副院長、内科科長、総合診療科所属。総合内科専門医、日本プライマリ・ケア連合学会認定医・指導医、脳神経外科専門医。総合診療専門研修プログラム統括責任者。
※ドクターズマガジン2019年4月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
臺野 巧
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