記事・インタビュー
株式会社産業予防医業機構
代表取締役社長
朝長 健太
臨床の現場で勤務されている先生方は、産業医にどのようなイメージをお持ちでしょうか。日本産業衛生学会が認定する専門医の数は500人ほどであり、産業医を集中的にされている医師が身近にいる方は少ないかもしれません。
産業医が臨床医と異なる点は、大きく分けて3つあると考えます。第1に、個人に加え集団に対してもアプローチする点、第2に、予防医学に基づいた1〜3次予防対策を行う点、第3に、健康管理という医師の視点、業務負担の低減という従業員の視点、売上の向上という経営者の視点(以下「産業保健の3つの視点」)を考慮し、必要に応じ衛生委員会の調査審議を踏まえて、適正な意見を示す点です。
「労働生産性の国際比較2018年版」によると、日本の労働生産性はOECD加盟36ヶ国中20
位で、主要先進7ヶ国でみると最下位という状況があります。働き方改革関連法案が通過し、医師についても働き方改革検討会が行われる等、産業保健の3つの視点による取り組みが、各所で始まっていますが、応召義務と時間外労働の在り方等、さまざまな課題が顕在化しているところです。
労働をシンプルに表現すると、「資源に人的なエネルギーを注ぎ成果物を作成する」ことです。従って、産業保健の3つの視点の良い落としどころとしては、人的なエネルギーを減らすための仕組みにより、生産性を向上させることです。具体的な対策として、車輪や触媒等といったハード面の改善、知恵や経験の水平展開等といったソフト面の改善が挙げられます。日本の工業化による生産性は非常に高い水準ですが、前述のように各国の後塵を拝する状況です。日本が労働生産性を向上し、従業員と経営者がwin−winの関係となるためには、知恵や経験の水平展開等といったソフト面の改善が一層必要といえます。
しかし、産業医として働く中で、社会的構造の変化により、知恵や経験の水平展開が進まない事例を確認しましたので紹介します。若手の従業員より、「先輩から簡単な仕事しか与えられず、一般的な業務の教えを請うても拒否されることがストレスである」との訴えがありました。関係者への事実確認で判明したことは、先輩が、後輩に仕事を教えた場合、業務を奪われ、自身の継続的な勤務ができなくなることを危惧しているという背景を認めました。
数十年前の日本であれば、終身雇用が維持されており、後進を育てることで会社が育ち、将来の生活の安定につながる見込みがありました。しかし、多様な働き方が浸透した現在の日本においては、会社を育てるよりも、眼前の業務を守ることで、今の生活の安定を図る従業員が生まれ、その従業員は、知恵や経験の水平展開に十分な役割を発揮しなくなっています。
医師の働き方を考えるに当たって、知識と経験は医師の財産ですが、十数年前には、学会等で公表しづらい経験等は医局において水平展開され、後進を育てることが医局の成長につながり、所属する医師のキャリアアップにつながっていました。しかし、臨床研修医制度後、医師の流動化が進むことで、医局の構造が変化し、知識と経験の水平展開が以前ほど十分に行われなくなっていると感じています。実際、私が麻酔科医として勤務する中で、常習的に腹腔鏡下胆嚢摘出術に数時間を要す術者がいましたが、適切な手技の改善を受けていないため、その手術を担当する麻酔科医は、定常的に残業を強いられるということがありました。もし、医療機関で働き方改革が進まないのであれば、知識や経験を水平展開する仕組みを見直すことが必要といえます。
日本は、経済の維持向上と従業員の健康を守るために、産業保健に基づいた労働生産性の向上を加速する必要があります。保険医療機関及び保険医療養担当規則第20条に、保険医の具体的方針として、診察は、患者の職業上の特性等を顧慮して行うことと、産業保健の考え方が示されています。臨床に携わる先生方には、患者の身体的、心理的、社会的健康の維持増進のために、産業医との連携を今以上に活用され、自身の働き方を見直すきっかけとされることを期待します。
ともなが・けんた
2007年産業医科大学卒業、麻酔科医として勤務を行う中、基礎医学と臨床医学両方の知見を基礎とし、完全自由診療の内科診療所立ち上げに参画。食品会社、化学会社において、産業医として治療と就業の両立支援、メンタル対策などのさまざまな取り組みを実施。2016年厚生労働省労働基準局 医系技官の勤務を経て、2018年現職。
※ドクターズマガジン2019年3月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
朝長 健太
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