記事・インタビュー
旭川医科大学 外科学講座
心臓大血管外科学分野
教授
紙谷 寛之
今年の夏の高校野球は例年に増して盛り上がった。優勝候補の大阪桐蔭が前評判通りの実力を発揮する一方、吉田輝星投手を擁する秋田の金足農業が泥臭く勝ち上がってきた。大阪桐蔭は好投手を3人も擁しており、各投手に負担がかかりすぎないよう、ローテーションが組まれていた。一方、金足農業は県予選から甲子園決勝の途中まで、吉田投手が一人で投げ切った。吉田投手の頑張りは全国に感動を呼んだが、私は彼の体が心配で、気が気ではなかった。吉田投手は、優勝できるなら自分の肩が壊れてもいいと思っていたと思う。しかし、もし本当に故障し投げられなくなったら、この夏のことを後悔するのではないか。私は、高校野球には投手の球数制限を課すべきではないかと思う。それでは有力選手をかき集める高校しか甲子園に行けず、今年の金足農業のような感動は味わえなくなることも承知している。しかし、大切にされるべきは第三者の感動ではなく、当事者の健康である。
一方、我々が従事する医療界はどうか。個々人の献身に依存する体制にはなっていないか。また、各人の献身を強制してはいないだろうか。
医師は患者のことを第一に考えるべきである。これはヒポクラテスの時代から医師としての行動規範であり、現在でも当然のこととして受け止められている。恐らく、ほとんどの医師は患者が助かるのであれば、自分の寿命が縮まっても構わないという覚悟で働いていると思う。医師とはそういう職業であるし、その覚悟がない者にはこの職業は勧められない。しかし、患者のために自らの死を覚悟した医師の家族にとってはどうであろうか。医師として第一歩を踏み出したばかりで、身体的負担に耐え切れず病死する、うつ病を発症し自死する、働き盛りの中堅が過労死する場合など、残されたパートナーとその子供たちはどう思うのか。医師の家族の幸せは患者の利益のために抑制されるべきなのであろうか。
働きすぎによるバーンアウト症候群や過労死は現在大きな問題として捉えられており、働き方改革として国で取り組みがなされている。各地で三六協定違反として労働基準局から監査が入っており、残業代などを巡る裁判の多発から見ても、すでに待ったなしの状況であるといえる。
今までは長時間労働は美徳であったが、今後は悪徳である、労使双方にとり、過重労働は犯罪行為であるという認識が必要だと思っている。したがって、過重労働を避けるという努力目標ではなく、過重労働は罪であると広く一般に認識されていくべきであると思っている。
そのためには、医師個人と病院でできることは限られており、医師数の増加、PA、NPなどの制度確立によるタスクシフティング、施設集約化によるシフト制の導入、当直回数の減少など、国家が取り組むべき課題は山積している。
社会経済的にみると、医師を養成するためには親の献身、多額の税金、教官の労力など多くの有形無形のコストがかかるため、太く短く働かせて早いうちにリタイアさせるよりも、細くても長く働かせた方が有用である。また、周辺の人々も含めたその医師の人権問題という側面もある。際限なく働けるという旧世代的な医師を標準として計算するのではなく、スタンダードをもうちょっと低負荷のところに持っていく必要があると考える。
そうした低負荷の状況で、医師として一人前になれるのかと議論されるであろう。しかし、スポーツ界では、昔より練習時間は減ってきているが、選手のパフォーマンスは年々向上してきている。今後、医師の労働時間が減っても医師の能力が低下するとは思えない。現在はインターネットなどでより効率の良い情報収集手段があるし、外科でいえばOff the Job Trainingも非常に盛んになってきている。労働時間が減少しても、今までより優れた医師の養成は十分に可能であると思える。
私は高校野球には球数制限は絶対に必要だと思っているし、同様に過重労働は悪徳であると思っている。働き方改革的には医療界が抱える課題は山積しているが、我々にはそれらを乗り越える知恵と能力があると信じている。最後になるが、吉田輝星投手のプロ野球での大活躍を祈念して、この巻頭言を終える。
かみや・ひろゆき
1997年北海道大学卒業。2003年金沢大学第一外科を経て2006年独ハイデルベルグ大学のスタッフドクターに。2009年独イエナ大学指導医、2009年独デュッセルドルフ大学上席指導医兼准教授、2014年より旭川医科大。低侵襲心臓手術、胸部大動脈外科および重症心不全に対する外科治療が専門。
※ドクターズマガジン2018年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
紙谷 寛之
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