記事・インタビュー
宮城県立がんセンター
総長
荒井 陽一
2016年の前立腺がんの罹患数は約9万2600人と予測され、男性がんの第一位となっている。一方、前立腺がん死亡数は男性がんの部位別死亡数で第6位であり、2013年の1万1560人をピークにわずかではあるが減少に転じている。この傾向が米国のような大きな死亡率の低下につながるか、今後の推移を見守る必要がある。ここでは増加する限局がんに対する監視療法とロボット手術、転移がんの治療動向に焦点を当ててみたい。
限局がんに対する監視療法
Willet F. Whitmore博士は、「治療が必要なときにそれは可能か? 治療が可能なときにそれは必要か?」という有名な言葉を残した。前立腺がんの特性を簡潔に言い得て妙である。前立腺がんの多くは比較的緩徐に進行する。限局がんでは臨床的に意味のないがんも含まれており、過剰診断・過剰治療のリスクがある。低リスクの限局がんでは、積極的に無治療経過観察を行う監視療法が注目されている。いずれ根治療法に踏み切ることを前提に、積極的に経過観察を選択して根治療法の有害事象を回避する戦略である。欧米を中心に急速な広まりを見せている。
一方、本邦の泌尿器科医を対象に行った調査では、27%が監視療法を全く行っていなかった。その理由は、適応基準が不明確、繰り返し生検が必要、患者の心理的負担、がんの進展リスク、長期成績が不明などであった。ここに監視療法の課題がほとんど凝縮されている。これらの課題を解決すべく国際的な大規模前向き研究が進行中である。普及が進まないもう一つの理由に診療報酬上の問題がある。海外では手術、放射線療法と同じく監視療法に保険を適用して普及を促進している国もある。過剰治療の回避は結果的に医療費の抑制につながることになる。本邦でも早急に検討が必要である。
ロボット手術が手術療法の主流に
2012年にロボット支援前立腺全摘術が保険適用となり、急速に普及している。現在、前立腺全摘術は年間2万件以上実施されているが、4分の3以上がロボット手術になっている。ロボット手術の特徴は、出血の少ない拡大された3D視野で繊細な手術操作が可能な点である。東北地区での大規模調査では、従来の開放手術に比べて出血量は約10分の1まで激減していた。術後の回復も速やかで、機能温存にも優れる。
2018年に新たに12の術式が保険適用となり、手術ロボットの導入は一気に加速している。目下の最大の課題はその高コストであろう。来年度以降には日本製の手術ロボットが相次いで市場に参入する予定である。これを機に低コスト化が進めば、普及がさらに加速されるだろう。単孔式の手術ロボットも登場しており、そう遠くない将来、臍孔1ヶ所から前立腺を摘出する時代が到来するかもしれない。今後は、ロボット外科医の急増を見据えて手術教育システムの整備も大きな課題である。
転移がん治療における日本の実力
転移がんの主役は現在もホルモン療法である。近年、新規ホルモン療法薬や抗がん剤など手持ちの治療手段を早期から投入する傾向が加速されている。さらに転移巣がある程度「限局」している、いわゆるoligometastasis病期の場合は、原発巣への根治的照射や手術療法で予後が改善する可能性が出てきた。その有効性を検証するRCTがいくつか進行中である。今後はより早期から集学的治療を行う方向性が出てくるだろう。
日本の進行前立腺がんの治療成績が欧米に比して優れていることが指摘されて久しい。近年、グローバル試験が一般的となり、同じ土俵で実際に比較が可能となった。最近発表された新規ホルモン薬の試験では予想通り、日本人の全生存期間(OS)が極めて良好であった。興味深いことに一次治療の奏功期間は海外とほぼ同じであった。同じようなことが、腎がんや他のがん腫のグローバル試験でも相次いで報告されている。
がん治療とは標準治療や新薬を投入する一次治療だけではない。二次治療以降のケアも含めたトータルな医療行為である。OSにはこの期間が大きく影響し、現場スタッフの努力とそれを支える医療制度など、がん医療の「総合力」が反映される。その意味で日本の実力は既にトップクラスといってよい。グローバル臨床試験が当たり前になった今こそ、本邦からの発信力を高めるべきである。
あらい・よういち
1978年京都大学医学部卒業。公立豊岡病院、京都大学医学部附属病院、倉敷中央病院を経て2001年東北大学泌尿器科学教授に。2003年東北大学病院長特別補佐、2004年同副院長、2012年東北大学大学院医学系研究科副研究科長に。2018年より現職。第2回オルガノン泌尿器科研究奨励賞、岡山県医師会学術奨励賞受賞。
※ドクターズマガジン2018年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
荒井 陽一
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