記事・インタビュー

2018.12.25

【Doctor’s Opinion】「分けて」考える、「分けずに」考える。

東邦大学医学部 総合診療・救急医学講座 教授
東邦大学医療センター大森病院 病院長

瓜田 純久

 紀元前、医療は呪術的な行為でしたが、ヒポクラテスが疾患を自然現象として捉え、科学的に病気を考える礎を作りました。空気や重力の存在すら分からない状況で、論理的な医療を模索したのです。経験と類推を積み重ね、経験を体系化し、学習を容易にしました。一方、学習が容易になると観察が疎かになり、医療とは単なる個人の診療にすぎないとする考えも生まれ、その手法を懸念する声も上がっていたようです。画像診断に頼る現在を彷彿とさせる議論が、すでに紀元前にあったことはとても興味深いところです。

医学はその状態で自然科学の発達を待つことになります。紀元前に始まった経験からの体系化は科学の進歩を経て成熟するはずでしたが、より細かく分けて考える還元論に大きく傾斜しました。デカルトの時代から自然科学の手法はできるだけ細かく、必要な要素に分けて考える還元論が主流でした。特に物理学は要素還元論により発展しましたが、計算できない複雑な現象への対応が問題となりました。20世紀になると非線形相互作用を扱う複雑系科学が誕生します。物理学は還元論では説明しきれない現象が多い生物学との距離を縮め、大きく変化してきました。単純な規則のみでリーダーの存在しない集合体の組織化されたふるまいを生む複雑系システムの研究が試みられましたが、その手法は多くのデータを集め、統計学的解析を行う臨床医学と同様な方法でした。

1951年にはTCA回路が周期的運動をするベロウソフ・ジャボチンスキー反応がソ連で明らかにされました。遺伝子が無くても物質間相互作用によって、周期的変化がみられ、物質系の発展・進化、自己組織化へ繋がる可能性が示されました。フィードバック機構が生命維持の中心である生体では、多くの現象が周期的に出現し、初期値の変化によって思いがけない変化であるカオスを呈することもあります。周期的現象はフーリエの定理によって、シンプルな波形に集約され、周期関数はオイラーの公式によって、指数関数に変換されます。つまり生命現象、病態は単純な指数関数の係数で階層化できる可能性が示唆されます(図)。

フィードバック機構を持つ生命の恒常性と疾患

次の状態は、現在の状態と自分以外の状態に依存するという数理モデルの漸化式を用いると、係数が大きくなるに従って、2周期、4周期、8周期と症状は多彩となり、次第にコントロール不能なカオスになることが理解できます。未病の時期、急性疾患から慢性疾患、そして悪性疾患への変化を数値で比較することが可能です。

20世紀以降の臨床医学もパーツに分ける還元論的手法が隆盛を極め、医用工学の発展もあり、還元論的臨床医学は臨床推論の主流です。鑑別診断を挙げ、画像を含む医療情報から消去していく手法は、疾患還元論を象徴しています。しかし、疾患はヒトが定義した集合であり、この定義が正しいことが臨床推論の大前提になっています。しかし、どの集合にも収まらない症候を持つ症例に遭遇したときは、迷宮入りとなり、治療開始を躊躇しがちです。ところが、集合を撤廃して推論を進めることは、不可能ではありません。頑固な症状が持続するとき、その責任病巣、伝達経路、活性化している経路、活性化させるメディエーター、そしてそれらに対する二次的な生体反応も考え、解決の糸口を探ります。非線形相互作用は細胞間や臓器間でもみられる、生体の基本的なふるまいです。その場合、頑固な症状の原因を完全に取り除く必要はなく、現状を少し変化させ、軌道を変えるだけで回復に至る場合も少なくありません。

総合診療は丁寧に集めた情報を論理的に科学する方法、即ち紀元前から模索された方法と同様なのかもしれません。「分けない」「括らない」新たな思考回路を涵養してくれた総合診療に出会えて、心から感謝しております。

うりた・よしひさ

1985年東邦大学卒業、関東労災病院消化器科勤務の後に地元・青森県に瓜田医院開業。14年間の開業生活をやめ、2005年に東邦大学へ復帰。2010年に総合診療科教授。東邦大学医療センター大森病院副院長などを経て、現職。専攻は内科学、総合診療医学、機能性消化器疾患、内視鏡医学、超音波医学、栄養代謝など。

 

※ドクターズマガジン2018年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

瓜田 純久

【Doctor’s Opinion】「分けて」考える、「分けずに」考える。

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