記事・インタビュー

2017.10.31

【Doctor’s Opinion】大学病院の臨床遺伝子診療

北海道大学病院長
宝金 清博

 本オピニオンでは、臨床遺伝子診療部およびがん遺伝子診断部を有する大学病院の管理者として、どのような展望を持っているかを述べたい。

1 先端医療から一般医療へ

先端医療は、その有用性や公益性が証明され、社会実装が可能となれば、保険収載される。その過程では、様々な展開を経る。このことは、日常診療に当たり前に定着している細菌検査を例に取ると理解しやすい。例えば、結核の診断は抗酸菌染色と培養法しかなく、保険収載も限られていた。特殊な“遺伝子診断=先進医療”が一般検査として定着するまでには時間を要した。

遺伝子診断も、今、こうした過程を経過しつつある。現在、高額な次世代シーケンサー(NGS)を投入して、臨床研究として開発を進めているのは、大学病院や国立がん研究センターなどのアカデミアである。また、次世代シーケンサーだけではなく、遺伝子パネルの開発、解析ソフトなど高度で未踏の技術開発が必須である。これは、AMED(日本医療研究開発機構)などの力強い支援が必要である。

すでに、次期の中医協改定で、簡単ながん遺伝子診断が保険収載される可能性があり、この技術が、いわゆるprecision medicine の基盤として、広く、医療の世界に根付くことは間違いない。しかも、すでに述べてきたように、日本再興戦略の中心戦略であるprecision medicine の中核である遺伝子診療は、政策の支援も受け、急速に発展することは間違いない。

2 遺伝子診断の種類

現在、北大病院で行われている遺伝子診断は、がんの組織をサンプルとしたがん遺伝子診断と遺伝病や胎児診断を目的とした遺伝子診断の2種類がある。がん遺伝子診断部では、個々の腫瘍に有効な分子標的薬を探索する検査が行われている。臨床遺伝子診療部では胚細胞性遺伝子診断を行っている。いずれも院外検査が中心となっている。それぞれ、兼任のスタッフを中心に配置している。

今後、生活習慣病のリスク判定や、薬剤反応性などを判定する遺伝子検査が一般臨床の現場で可能になることも期待されるが、本邦ではこのレベルの遺伝子診断は実現していない。

3 遺伝子診断のための院内体制整備

遺伝子診断の中には、胚細胞germlineの検査などで知られている遺伝性疾患の診断がある。これは、検査を受ける個人ばかりでなく、血縁者、あるいは、夫・妻など、本人以外の関係者に影響を及ぼすという意味では、従来の検査とは一線を画すものである。この領域は、法律整備も十分でなく、様々な個別・高度な倫理判断が必要である。院内倫理委員会の整備と人材養成が必要である。

また、がん遺伝子診断においても、その過程で、胚細胞に関わる情報が関係する場合もあり、院内の倫理審査体制や人材育成が必要である。さらに、現在、遺伝子診断のほとんどは、自費診療であり、病院財務に負担をかけない料金設定や医事課の体制整備も必須である。

4 遺伝子診断の課題

遺伝子診断は、社会からの期待が大きく、今後の発展は疑う余地がない。また、国の重点政策であり追い風の力は強い。そうした視点から、今後の遺伝子診断の課題をまとめてみた。(ビジネス化など社会実装は病院管理者にとっては直接関連のない問題であり、ここでは触れない)

第一の課題は、人材養成である。検査結果の解釈が難しく、また、この結果を患者に伝えることが容易でない。明確なエビデンスがなく、従って、患者に検査結果を正確に伝える医師・看護師・薬剤師、あるいは、コンシェルジュは不足している。

第二に、保険診療と自費診療の境目にある遺伝子診断を保険診療として社会実装させるためには、迅速な制度設計が必須である。また、遺伝子診断の先には、先進治療、患者申出療養、先制医療と言った従来の医療の枠を超えた医療が展開し、従来の保険診療のあり方を揺るがす可能性も否定できない。こうした重大な問題に対して、行政・アカデミアが速度感を持って、法整備や人材育成も含めた迅速な対応を行う必要がある。

ほうきん・きよひろ

1979年北海道大学卒業。北海道大学脳神経外科の助教授から2001年札幌医科大学脳神経外科教授、2006年同大副院長を経て、2010年3月北海道大学脳神経外科学分野教授、北海道大学病院副院長から2013年院長就任。専門は脳卒中、脳血行再建術、もやもや病など。

※ドクターズマガジン2017年6月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

宝金 清博

【Doctor’s Opinion】大学病院の臨床遺伝子診療

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