記事・インタビュー
医療法人社団養高会 高野病院 院長
中山 祐次郎
2017年2月1日、私は縁もゆかりもない福島県の原発近くの病院長に就任した。その高野病院は福島第一原子力発電所から南に22㎞に位置する118床(療養病床65床、精神療養病床53床)の個人病院だ。昨年末、院長にして唯一の常勤医であった高野英男院長(81歳)が火事で亡くなった。その後1ヶ月の院長不在期間を経て、私が2ヶ月間限定で院長を務めることとなった。その経緯などは繰り返しTVや全国紙で広く報道された。私も数十社の取材をあえて受け、高野病院の問題の周知に努めた。
なぜ高野病院が注目されたのか。その理由として2点を指摘しつつ、本件が孕む現代日本の医療の問題点を考えたい。
1点目は、「被災地医療の象徴だから」という点だ。6年前の3・11、つまりは大震災と原発事故により一時は町全体が避難し、高野病院以外の病院は全て休業した。現在もこのエリアに建つ病院は、震災後一日も休業していない当院だけだ。住民は3・11前の6割である3000人ほどが避難先から町へ戻って来ている。その人々は避難先で認知症が大幅に進行したり、高血圧や糖尿病が悪化したりした人が多い。さらには、この町には復興関連の仕事をする人々が約3000人滞在している。この人々は1年~数年間のみこのエリアに滞在し、その殆どは地元にかかりつけ医を持っていて、当院には時々「薬が足りない」として来院する。そういう患者さんは治療情報も不十分なので、例えば血圧コントロールが不良でも薬を増やしづらい等、慢性疾患の管理は非常に不十分になる。そして土木作業員の方も多くいるため、しばしば外傷でも来院する。私という外科医が一人だけの当院と近隣の医院だけでは、マンパワーは足りない。以上の二者を串刺すファクター、それは「医療の継続性の欠落」である。医療は継続性が無いと質が下がるという明白な事実を、大災害が改めて浮き彫りにしたのだ。
2点目として、「これからの地域医療の象徴的な事件だから」がある。本件のような、「一人の超人的医師の献身が支えていたが、その医師が不在になりその地域の医療はピンチになった」という現象はとても象徴的だ。もちろん過去にも人知れず同様のことは起きていたのだが、今後10年や20年の間、日本各地で同じことが頻発するだろう。頻発することの根拠は、加速する高齢社会と、医師の強制配置システムの欠如である。国内において人口が十分な土地には、医療は十分に提供されている。単純比較は出来ないが、例えば東京都文京区という21万人ほどの区には、大学病院が4つ、そして私が勤めた大学病院規模の都立病院が1つある。このように、医師の地域偏在に対する施策を講じていないので、自然と人が多い所には医師が集まり、人口が少ない地域にはさらに医師数が減るのだ。では、医師を強制配置すれば問題は解決するのか。
ここで話は変わる。私が高野病院に赴任してから、自分のスキルアップにとって大きなメリットを実感している。そのメリットとは、「責任を負うことで自分が成長できる」ということだ。この責任には2種類あり、一つは、職員が80人いる病院の院長かつ管理者になるという「組織マネジメント」の責任だ。病院全体に目を向け、バランスを取りつつ舵取りをしていく。全ての判断の最終決定と最終責任は自分に属するので責任感は自然と生まれる。
もう一つの責任とは、住民3000人と復興作業員3000人の命を守るという医者としての責任だ。高野病院から隣の病院までは車で1時間以上もかかる。そのような状況の中で勤務する負荷は、私の医者としてのスキルを向上させる。そして、当たり前だが私は風邪も引けずノロウイルスにも感染できない。これら2種類の責任を持つ経験を36歳という年齢で得ることは、何ものにも代えがたい。「立場は人を作る」のだ。
この点から地域医療の医師不足問題を考えると、その解決策は医師強制配置よりもむしろメリットをアピールする方が良いと私はいま考えている。北風で無理やり旅人のコートを吹き飛ばすのではなく、太陽を照らし「脱ぐと涼しいというメリット」を感じてもらった方が継続可能性が高いのではないか。そのメリットを発信することも私の責務であると感じつつ、筆を擱(お)く。
なかやま・ゆうじろう
鹿児島大学卒。消化器外科専門医、外科専門医、がん治療認定医、マンモグラフィー読影認定医。都立駒込病院を経て2017年2月から3月末まで高野病院院長。著書『幸せな死のために一刻も早くあなたにお伝えしたいこと~若き外科医が見つめた「いのち」の現場三百六十五日』(幻冬舎)。「日経メディカル」等で連載。
※ドクターズマガジン2017年4月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
中山 祐次郎
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