記事・インタビュー
交野病院 院長<br/ >信愛会脊椎脊髄センター長<br/ >寳子丸 稔
高齢化社会において脊椎疾患がもたらす社会への負担は大きなものになってきている。脊椎疾患は直接的に生命に影響を及ぼすものではないにせよ、脊椎疾患がもたらす活動能力や移動能力の低下は社会に大きな損失をもたらす。というのは、脊椎疾患は非常に多い病気だからである。
有訴者率のトップは腰痛であるばかりでなく、腰痛は世界の統計で社会の重荷になっている疾患の第6位である。また、連続剖検例の報告では80歳以上の3割は変形性頸椎症により脊髄への圧迫を有している。そして、高齢化と生活習慣の変化により有病率は年々増加してきているのである。それにもかかわらず、脊椎疾患に対して適切な医療が提供されているとは言い難い。
例えば、患者さんが腰痛や手足の痛みしびれを自覚した場合、医療機関ではなく整骨院や鍼灸治療院などの施術所を訪れることも多く、後縦靭帯骨化症など重大な病気にもかかわらず、漫然と治療されているケースも見受けられる。医療機関にかかるにしても整形外科と脳神経外科のどちらへ行けば良いか地域によって異なっており、患者さんには分かりにくい。これらのことから総合病院の中に脊椎疾患を専門的に扱うセンターが存在し、患者さんがかかるべき窓口がはっきりしていることは時代の要請と考えられる。
理想的な脊椎センターの機能は、病気の程度に応じてさまざまな段階の治療を提案でき実行できることである。脊椎の変形が軽度で症状が軽度である場合には、姿勢改善や適度の運動などの患者さん自身の生活努力の方法を指導することで、大半の症状は改善する。
脊椎の変形が軽度であるが症状が強い場合には、生活努力に加えて薬物治療を選択することになるが、整骨院や鍼灸治療院などでの治療が有効である場合も多い。脊椎の変形が高度で脊髄や神経が圧迫されている場合には、症状に応じて時を過たずに外科的な手術が考慮されなければならない。これには内視鏡や顕微鏡で行う低侵襲手術から、多数の金属スクリューなどを挿入して脊椎を矯正する固定術、さらには繊細なテクニックを必要とする脊髄髄内腫瘍摘出術までさまざまなレベルの技量が要求される。
一人でこれらの手技を全てこなすことは非常に困難で、さまざまな手術手技に特化した複数の外科医が在籍する脊椎センターが理想的である。ところで、最近の一般的な外科的手術のトレンドに倣って、脊椎外科でも手術の低侵襲化が進められている。
腰椎病変に比べて頸椎病変での手術では低侵襲化が遅れていたが、信愛会脊椎脊髄センターでは約3㎝の小さな皮膚切開で可能な頸椎椎弓形成術を開発し実践している。本法は、従来法に比較して短時間で施行でき、合併症が極めて少なく満足度の高い手術法である。本法を実践していくうちに、頸椎の手術により腰痛が劇的に改善するという新たな発見がもたらされた。治療法が見つからない慢性の難治性腰痛や外科的手術により改善しない腰痛疾患は大きな問題になっているが、眼を頸椎に向ける必要があることを教えてくれているものと思っている。
最後に、脊椎疾患は治療可能なものばかりではない。現在の医療でも治療が困難な症例に対して最善を尽くすことも理想的な脊椎センターの役割と考えている。脊髄などの中枢神経が損傷されると、その機能の回復は困難であると考えられてきたが、最近のニューロサイエンスの発達により、中枢神経には可塑性があり、いろいろな対策を講じることにより神経機能が回復する可能性が示されてきている。
最も有望な治療法はiPS細胞の移植であり、早期の実用化が期待されている。ただ、その難易度は高く、おそらく、パーキンソン病に対するiPS細胞の移植が軌道に乗ってからのことになると思われる。現時点で実用化されている治療法の中で有効なものはロボットスーツHAL®であり、信愛会脊椎脊髄センターでも実施しているが、適応と方法が最適化される必要があると感じている。
以上のように、脊椎疾患の治療は発展途上であるが、山は高く進取の精神で取り組んでいかなければならないと考えている。
ほうしまる・みのる
1981年京都大学卒、京都大学脳神経外科講師、大津市民病院脳神経外科診療部長などを経て交野病院院長就任。京都大学臨床教授、高知大学臨床教授ほか。
※ドクターズマガジン2017年1月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
寳子丸 稔
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